『読書』on 高羅佩

昨年は和蘭の探偵小説家で漢学者Robert Hans van Gulik*1の生誕100周年だった。雑誌『読書』2011年1月号ではフーリック生誕100周年の小特集を組み、4本の小論を掲載している;


陳珏「説不尽荷蘭高羅佩」(pp.35-38)
李零「談《中国古代房内考》」(pp.38-42)
沈冬「”洋客”的琴学研究」(pp.42-46)
王邦維「高羅佩與”悉曇”」(pp.46-50)
フーリックの漢学研究は主に中国の春画を中心とする性文化、琴、「悉曇」つまりサンスクリット梵語)の中国及び日本における受容に関するものである。
フーリックの「琴学」を論じた沈冬「”洋客”的琴学研究」から、少し興味深かったところをメモしておく。彼は「琴学」に関して、The Lore of Chinese Lute: An Essay in Ch'in IdeologyHsi K'ang and His Poetic Essay on the Luteという2冊の書物を書いている。The Lore of Chinese Luteの初稿は1938年に上智大学発行の雑誌Monumenta Nipponicaに連載されたもの(pp.43-44)。コルネリウス・アウエハントもMonumenta Nipponicaに論文を発表していたことを思い出したのだが、上智大学和蘭の東洋研究の関係や如何に? さて、フーリックは「琴」をChinese luteと英訳しているのだが、この訳については当時から音楽学者のCurt Sachs*2による批判があったらしい。「琴」をluteと訳したことについて、沈冬氏は「高羅佩以為欧洲文化中Lute與游吟詩人有特別的聯系、更符合琴的文化位階與内涵精神」と述べている(p.45)。フーリックは琴の演奏も嗜んだ。彼は北京で琴を葉詩夢という人に師事した。彼はそもそもの姓名を葉赫那拉佛尼音布といい、満洲族で、あの西太后*3の甥に当たる。葉詩夢は1937年に死去したが、The Lore of Chinese Luteは彼に捧げられている(p.43)。

ところで、Paul Rakita Goldin The Culture of Sex in Ancient China(University of Hawai'i Press, 2002)という本が手許にあるのだが、何時・何処で買ったのか、忘れてしまった。

The Culture of Sex in Ancient China

The Culture of Sex in Ancient China

徐洪興、小島毅、陶徳民、呉震(主編)『東亜的王権與政治思想――儒学文化研究的回顧與展望』*4を読了する。ぺらい本ではあるが、半年近くかかってしまった(orz)。