「福田村事件」

http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100903/1283488570に対して、


Nessko*1 2010/09/03 14:11
香川県人も殺されているんですよ。
福田村事件
http://www.shikoku-np.co.jp/feature/tuiseki/098/

http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100903/1283488570#c1283490662

示していただいたのは2000年5月の『四国新聞』の記事。
1923年9月6日、つまり関東大震災の6日後に千葉県東葛飾郡福田村(現野田市)を、香川県から出てきた薬の行商の一行が通りかかったところ、「朝鮮人」と誤認され、福田村及び隣の田中村(現柏市)の自警団に襲撃され、妊婦や幼児を含む9名が虐殺された。その後事件が忘れ去られたことには被害者である行商人の一行が被差別部落出身だったことと関係がある。
野田市には親戚もいるのだが、この事件は知らなかった。
幾つかランダムに。
先ず定住民/漂泊民という対立があること。それから、一行が「朝鮮人」に間違えられたのは「聞き慣れぬ言葉」がきっかけだった。(ナショナリスト*2が自明視しているように)日本人/外国人という対立が先ずあるのではなく、地元の人間/余所者という対立があり、余所者は「朝鮮人」などに緩く繋がっていた。この虐殺事件の背景には勿論関東大震災における「朝鮮人」に関するデマがあるのだが、ここで問題にしなければいけないのは〈零記号〉としての「朝鮮人」ということであろう*3。奇異なこと、不穏なこと、通常の情報処理能力を超える一切合財を「朝鮮人」という〈零記号〉が背負わされてしまうこと。〈零記号〉としての「朝鮮人」というのは今日的問題でもある。例えば池田大作朝鮮人だとか*4小沢一郎朝鮮人*5だとかいったトンデモ言説が流布され一定の人たちが信じてしまっていることとか。
さて、上の記事の中で香川県歴史教育者協議会の石井雍大氏曰く、

 ―事件が社会的に認識されることの意味は。
 石井 差別に別の要素が絡まると、殺人にまで至る恐怖。もう一つは、国家がデマを流し、虐殺までさせてしまう怖さ。先日も石原東京都知事三国人発言があり、今日的問題だ。
たしかに。ただ、石井氏が「彼らが行商せざるを得なかったところに既に差別があり」と述べているのはそのまま受け取ってはいけないと思う。定住/漂泊という対立を正常/異常という対立に重ねてしまうこと、それは定住民(農耕民)中心主義であり*6、結果として襲撃した村民と同じ側に立ってしまうことにならないか。