音/声/意味(『カンバセイション・ピース』)

カンバセイション・ピース (新潮文庫)

カンバセイション・ピース (新潮文庫)

また保坂和志カンバセイション・ピース』からの引用*1


音から声を拾い出して → その声が言葉となり →  言葉が意味を作り出す、というプロセスが基盤にあって人間は言葉をしゃべるようになるけれど、猫は最初の段階の音と声の分離が不完全なまま、いきなり意味に行くようにみえる。音を聞くことと、危険/安全、快/不快などの意味を理解するという、言葉にとっての両端はすべての動物に必要なことで、それがなければ生きていけない。それなら言葉はその両端を結ぶルートに生まれた一種の異物なんじゃないかと思った。
言葉が光でその光が闇を照らしたのではなくて、言葉が光になったから言葉の届かない場所が闇になってしまったということで、だから猫には闇は、闇でも無でもなくてどんどん入っていく。聴覚や嗅覚や触覚が発達しているからということではなくて、言葉と光が同じものではないからそこは闇ではない。
音と意味の直接性を切り離して二つを遠ざけて、そこに別の体系を持ち込んだのが人間の言葉で、子どもも人間の言葉の両端の遠さを感じ取っているから、庭で遊んでいるときに木のせいの空耳*2という、意味から遠い言葉をなかば自発的に聞くことで言葉に対する違和感を自分の中に作り出しているんじゃないかと思ったが、そんなことよりテルトゥリアヌスのあの言葉だった。あれは矛盾の力によって感情のリアリティに訴えかけるというようなことではなくて、言葉の両端を極限まで圧縮した結果で、矛盾なんかどこにもない剥き出しの現実そのままだったんじゃないか。ありえないことは事実で、信じられないことは確実なことなのだ。(pp.436-437)
また、

チャーちゃんが死んだとき私は生まれかわりを確信して、しかしその確信がいまではだいぶ遠くなってしまったことは確かだけれど、生まれかわりというのは同じ外見をした個体や同じ内面を持った個体がもう一度この世界にあらわれるというような、単純で物質的に証明できるようなことではないのではないかと私は思うようになっていた。
いなくなった神をただいないものとするのではなく空欄として残しつづけるように、生まれかわり自体はないのだとしても生まれかわりという概念が人間の歴史の中で長い時間持っていたそのリアリティは人間と世界との関係の中に起源があるはずなのだから、関係それ自体がなくなっているわけではなくて、それに別の言葉をつけるのでなく空欄として残しつづけるということなのだが、具体性は物質をこえたものであっても物質を必要としないものではない。テルトゥリアヌスのあの「神の子が死んだということはありえないがゆえに疑いがない事実であり、葬られた後に復活したということは信じられないことであるがゆえに確実である」という言葉*3にしても、私には物質とまったく無縁のこととは思えない。(pp.423-424)
テルトゥリアヌス(Agnes Cunninghamによる略伝);

Quintus Septimius Florens Tertullianus, b. Carthage, c.155, d. after 220, was one of the greatest Western theologians and writers of Christian antiquity. Through his writings a witness to the doctrine and discipline of the early church in belief and worship is preserved.

An advocate in the law courts in Rome, Tertullian converted (c.193) to Christianity. About 207 he broke with the church and joined the Montanists (see Montanism) in Africa. Soon after, however, he broke with them and formed his own party, known as the Tertullianists.

An extremist by nature, he had gone through a period of licentiousness during his early years, but later he advocated a severe asceticism and discipline that his followers found hard to emulate.

Tertullian was a man of fiery temperament, great talent, and unrelenting purpose. He wrote with brilliant rhetoric and biting satire. His passion for truth led him into polemics with his enemies: in turn pagans, Jews, heretics, and Catholics. His admiration for Christian heroism under persecution seems to have been the strongest factor in his conversion.

Tertullian's writings, notably Apologeticum, De praescriptione haereticorum, and De carne Christi, had a lasting effect on Christian thought, especially through those who, like Cyprian of Carthage, always regarded him as a "master." He also greatly influenced the development of Western thought and the creation of Christian ecclesiastical Latin.
http://www.mb-soft.com/believe/txs/tertulli.htm

See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070822/1187751553

*1:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080911/1221141723

*2:See pp.224-226

*3:この言葉はp.305に出てくる。