「マーキング」から

http://d.hatena.ne.jp/pqrs/20080617/1213667413


例の秋葉原の事件*1に関して、


(前略)奇行から犯罪者像を立ち上げるのが心理学者なら、犯罪者像を犯罪予備集団へと立ち上げるのが、社会学者その他の連中なのである。

 そして、ある凶行後に社会が求める解釈として、第一にくるのが、犯罪者像の再構成なら、第二にくるのが、犯罪予備集団の再構成なのである。あなたの身の回りにこんな人は居ませんか、子どもを犯罪者にしないために、などといった呼びかけに応じて、社会学者その他の思想家が登場して集団を構築してみせる。

 皮肉なことだが、ある社会集団の苦悩を代弁してみせたという善意で、本人は満足げだ。だが、その実、連中が呼び出された理由も、そして呼び出された結果も、ある種の集団を社会的にマークし、凶行(可能性)とある種の集団を結びつけるばかりなのである。

 思想が常にこんな役割を果たしてきたと言うつもりはないが、90年以降の思想は、どこかで、この呪われた役割との関わりを持っているように思う。たとい、それをきっかけとして高度な考察を展開して見せたとしても、その基礎にはマーキングがある。マーキングがあったから、彼ら・彼女らはものをいう場所を与えられていると言ってもよいかもしれない。

 80年代の思想は確かに「ファッション」だったかもしれない。しかし、90年代の思想と比べれば、ファッションという形であれ、社会の求める解釈の役割からは自律していたといってもよい。どちらがよりマシかを一概に決めることは出来ないと思う。

これに関連して(?)、大村英昭「ネットワーク社会と「文化疲労」」*2から引用;

本来、「内部指向」的な信念の人、いい意味での職人気質こそが学者の本領であったのに、苦心の業績が世間(論壇?)から受けないとなると、すっかりねじれてしまったり、あるいはまるでうつ病のようになってしまう(不遇感!の)人を私はいやというほど見てきた。「曲学阿世」という言葉がほとんど死語になってしまうほど、(阿世でない)独りよがりで、それでも堂々としていられる学者には、残念ながらお目にかかったことがない。むしろ、大工さん、左官さんといった人びとの中に、客受けをまるで気にしない孤高の精神を時には見かけることができるのに……。(p.195)
文明としてのネットワーク

文明としてのネットワーク

えーと、「社会の求める解釈の役割」云々ということに関して、井上俊『遊びの社会学』に収録された短いテクストに言及があったかと思う。
遊びの社会学 (世界思想ゼミナール)

遊びの社会学 (世界思想ゼミナール)

ところで、昨今流行りの「ポジティブ教*3云々というのは、大村先生が遅くとも1990年代初めに例えば『死ねない時代』とかで説いていた、宗教における〈煽る〉と〈鎮める〉の対立ということの反復にすぎないのでは? と思ったりもした。
死ねない時代―いま、なぜ宗教か

死ねない時代―いま、なぜ宗教か