北日本新聞』の記事;


骨つぼ盗被害23個 富山市でも発生、墓に犯行メモ

2008年08月19日 07:03

 県東部一市四町で相次いでいる女性の遺骨ばかりを狙った骨つぼ盗難事件は十八日までに、富山市でも発生していたことが分かったほか、旧盆中に各地で新たな被害が確認された。同日までに盗まれた骨つぼは朝日町七、黒部市六、立山町五、入善町二、上市町一、富山市二と分かっているだけで二十三個に上る。被害に遭った墓のうち、少なくとも黒部市内など三カ所に、犯人によるものとみられる犯行を示唆するメモが残されていた。

 被害届や相談を受けた入善、黒部、上市、富山中央の各署は遺骨領得の疑いで捜査している。過去に県内で発生した骨つぼ盗難はいずれも単発だったが、今回は被害が多発し、共同墓地に集中していることから同一犯とみている。魚津、滑川市では被害が確認されておらず、発生場所が広域にわたるため、別の犯人がいる可能性もある。

 各署とも首をかしげるのが動機で、「何のために盗むのか。なぜ女性の遺骨なのか。見当がつかない」と話す。

 墓の中に残されていたメモは手書きで、「自分のものだ。大切にするから探さないで」「大事にするので心配しないでください」などと書かれていたという。メモの中には、墓の内部の湿気などで破損の激しいものもあった。県警は犯人に結び付く証拠とみて、鑑定を進めている。

 犯行の手口には共通点がある。犯人は墓の納骨室を開け、大半は一番手前の骨つぼを盗んでいる。手前の骨つぼは新しく、つぼに書かれている名前から性別が判断しやすいためと、各署はみている。犯行時期は、何年も納骨室が開けられていない場合が多いことから特定が難しい。ただ、毎年確認している家族もおり、同一犯であれば、昨年の旧盆が終わってから一年間の犯行の可能性が高い。

 骨つぼを盗まれたある家族は「ばあちゃんの遺骨がどこに行ったのか。気味が悪く夜も眠れない」と不安を口にした。
http://www.kitanippon.co.jp/contents/knpnews/20080819/14368.html

普通、墓を開くのは新しい死者が出て新たに納骨するときくらいだと思うけれど、被害者の方も如何にして被害に気づいたのだろうか。
岩田重則『「お墓」の誕生』からの引用;

土葬の段階での「お墓」参りとは、現実には、死者の遺体に対してではなく、その下に何もない石製の物体、石塔へのお参りにすぎなかった。また、現在普及している火葬した遺骨をカロウトにおさめる先祖代々墓としての角柱型石塔の場合も、「お墓」参りの対象となっているのは、石塔下部の遺骨をおさめたカロウトに対してではない。上部の角柱型石塔に対して行なわれている。現実には、遺体や遺骨じたいに対してではなく、共同幻想とでもいうべく、みなが「お墓」と思いこんでいる石製の物体に対して、「お墓」参りが行なわれている。(p.142)
遺体や遺骨はどうでもよかったのかというと、決してそうではなく、岩田氏は山梨県の事例で、「遺体埋葬地点」に「メッパチ(目發)」「メッパジキ(目っ弾き)」と呼ばれる割り竹が設えられ、草刈り鎌や石が置かれているのを紹介している(pp.83-86)。これらは現地の人々によって、山犬や狼や魔物を除けるためと一応説明されている。それに対して、岩田氏は「“墓あばき”に対する禁忌」(p.87)を読み取っている。墓が暴かれれば、封じ込めておいた筈の死霊が地上に彷徨い出てしまう。

遺体とそれにともなう死霊は、墓から拡散し露出されるべきではなかったのである。遺体埋葬地点にとどめられるために祀られているのであり、それらとの出会いが歓迎されるために祀られているのではなかった。(ibid.)
「お墓」の誕生―死者祭祀の民俗誌 (岩波新書)

「お墓」の誕生―死者祭祀の民俗誌 (岩波新書)

「メッパチ」が設えられていれば「墓あばき」は一目瞭然なのだが。
さて、骨を盗んで何をするつもりなのだろうか。
遺骨の使い方で印象的だったのは、映画の中での話だが、深作欣二の『やくざの墓場仁義の墓場』における渡哲也の振る舞いである。しかしながら、具体的に書くのは自粛する。
やくざの墓場 くちなしの花 [VHS]

やくざの墓場 くちなしの花 [VHS]

仁義の墓場 [VHS]

仁義の墓場 [VHS]