「ゲイ」か「クィア」か

レミーのおいしいレストラン [DVD]

レミーのおいしいレストラン [DVD]

レミーのおいしいレストラン』が「ゲイ的な映画」であるという。
macskaさん曰く、


さて、『Mr. インクレディブル』を監督したブラッド・バードがその次に担当した作品が、ピクサーの最新作『レミーのおいしいレストラン』だ。この作品の主人公レミーは生まれつき敏感な味覚と嗅覚を持ったネズミであり、『Mr. インクレディブル』のスーパーヒーローたちがどうしてその能力を得たのか説明されない(家族全員がスーパー能力を持っているということは、おそらく遺伝的なものと思われる)のと同じく、レミーがどうしてこのような能力を持っているのかは一切説明されない。ゲイに生まれた人がどうしてゲイになったのか説明できないのと同じく、レミーはどうしようもなく優れた味覚と嗅覚を持っているのだ。

他人と違った特別な審美的感覚があるというのは、メディアにおけるゲイのステレオタイプの一つだ。先に言及した「Queer Eye」もそうしたステレオタイプを元に、ゲイであることを公表しているプロデューサによって製作されている。この番組はもともと「Queer Eye for the Straight Guy」としてはじまったもので、ファッション・インテリアデザイン・身だしなみ・文化などそれぞれの分野において優れた感性を持った(とされる)ゲイ男性が、イケてないストレートの男性をコーチしてカッコよくする、という内容で、助けてもらう人が女性や他のゲイ男性を含むようになったため番組名が変更された。

味覚と嗅覚において「ゲイ的な」レミーは、人間の台所に忍び込んでは食材を盗み出し、調理して食べる。そのことを知るのは実の兄のネズミ一匹だけであり、普段は隠している。しかしある事件がきっかけで仲間とはぐれてパリに到着したレミーは、テレビ番組で観たあこがれのシェフの店に忍び込み、料理を何も知らない新人シェフを帽子の中から操ることですばらしいレシピを編み出していく。メディアで知ったゲイ・コミュニティに憧れて、セクシュアルマイノリティへの理解がない田舎を飛び出した若いゲイの男性が、持ち前のファッションセンスを活かしてデザイナーやスタイリストとして活躍するという、ステレオタイプ的なストーリーそのままだ。

仲間のネズミとの再会は意外にも簡単に実現するのだが、ひとたび都会のレストランの厨房を知ってしまったレミーは元の生活には戻れない。そこに葛藤が生じる。しかし期待の新人として注目を浴びるシェフとも衝突し、居場所を失う。「家族と一緒にいるときはネズミの振りをし、厨房にいるときは人間の振りをしている、どうすれば何かの振りをせずに本当の自分でいられるのか」「料理と家族のどちらか一方を取るなんてできない、自分の半分を否定するなんて」というレミーの訴えは、多くのゲイ(・レズビアン・etc.)の人たちが共感できるものだろう。
http://macska.org/article/223

最近『レミーのおいしいレストラン』を観たのだけれど、そのときは「ゲイ」だとか「クィア」だとかは考えなかった。ところで、これが「ゲイ的な映画」である根拠が「レミーはどうしようもなく優れた味覚と嗅覚を持っている」というのはちょっと弱いんじゃないかとも思った。私が感じたのは、もっと単純に第一次集団と第二次集団のギャップということである。これは、偶々都会の文化に憧れてしまった田舎の人間、先進国の文化に憧れてしまった後進国の人間、中流階級や上流階級の文化に憧れてしまった下層階級の人間等々に当て嵌まるのではないか。さらにいえば、たんに憧れているだけではく、それらに入り込む機会とか能力を有していること。これは私自身、家族や親戚に大卒の人もあまりいないという環境の中でアカデミックな世界に憧れを持ってしまったので、けっこう自分のこととして実感できる*1
私はそもそも(どこの国の作品であれ)アニメにはあまり親しくないが、『レミーのおいしいレストラン』は鼠の動きを体感できたのが凄いと思った。鼠の視点で世界を見るというならば、ロー・アングルで撮れば可能かもしれないが、天井裏や下水道などでの鼠の細かい動きを観る者が体感できるように撮るというのは実写では不可能だろう。そういえば、(これはレミーが巴里へ移民する契機ともなるのだが)田舎家に住む婆がレミーの侵入に気付いて、キレてしまって、銃を乱射するシーンには(ここまでキレるものなのか)と大笑いしてしまった。
ところで、『レミーのおいしいレストラン』という邦題はRatatouilleという原題の中の重要な部分を削ぎ落としてしまっている。つまり、Rat(鼠)である。
さて、macskaさんが紹介するジュディス・ハルバースタムが『バグズ・ライフ』では、「「クィアな主体」及び「マルチチュード的革命」のテーマがより正面から描かれている」*2というのは思わず、そうだと思ってしまった。また、ハルバースタムについてもあまり知らないのだが、面白そうだと思った。南加州大学のサイト*3から彼女のプロフィールと研究関心を抜書きしておく;

Judith Halberstam is Professor of English and Gender Studies at USC. Halberstam works in the areas of popular, visual and queer culture with an emphasis on subcultures. Halberstam’s first book, Skin Shows: Gothic Horror and the Technology of Monsters (1995), was a study of popular gothic cultures of the 19th and 20th centuries and it stretched from Frankenstein to contemporary horror film. Her 1998 book, Female Masculinity (1998), made a ground breaking argument about non-male masculinity and tracked the impact of female masculinity upon hegemonic genders. Halberstam’s last book, In a Queer Time and Place: Transgender Bodies, Subcultural Lives (2005), described and theorized queer reconfigurations of time and space in relation to subcultural scenes and the emergence of transgender visibility. This book devotes several chapters to the topic of visual representation of gender ambiguity. Halberstam was also the co-author with Del LaGrace Volcano of a photo/essay book, The Drag King Book (1999), and with Ira Livingston of an anthology, Posthuman Bodies (1995). Halberstam regularly speaks on visual culture and publishes journalism in venuse like BITCH Magazine and The Nation; she recently wrote catalogue essays for Austrian artist Inez Doujak, and Australian performance group, The Kingpins.

Summary Statement of Research Interests
Judith Halberstam is a well known gender theorist, specializing in cultural studies, queer theory and visual culture. Her work on female masculinity refutes the notion that butch lesbians are just imitations of "real men" and instead locates gender variance within a lively and dramatic staging of hybrid and minority genders. Halberstam has also written a book on Gothic monstrosity in literature and film and more recently she published In A Queer Time and Place, a study of queer temporality or queer uses of time and space that are developed in opposition to the institutions of family, heterosexuality, and reproduction. She is currently working on a project about "Alternative Political Imaginaries."
バグズ・ライフ [DVD]

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*1:この映画には、メディア或いは批評家vs.料理人というモティーフがあり、映画作家は誰でもそうなのだろうけど、監督及び脚本のブラッド・バードは日頃から新聞などの批評にかなり頭に来ていたんじゃないかと思った。

*2:http://macska.org/article/221

*3:http://college.usc.edu/faculty/faculty1003321.html