奇妙な均衡

承前*1

貫洞欣寛「日本に閉じ込められた記者の思い」https://www.buzzfeed.com/jp/yoshihirokando/passport2


イエメン取材を目指していたジャーナリストの常岡浩介氏の日本出国が禁止された事件についての第2報。
現在イエメンに関して、日本政府は日本人「退避勧告」を出しており、在イエメンの日本大使館も2015年2月以来閉鎖されている*2。極度に危険な場所ということになるが、実際のイエメンは或る種の奇妙な均衡状態が支配する場所であるらしい。
常岡氏は1月にオマーン経由でイエメン入りしようとしたが、オマーンで入国を拒否された*3。しかし、同行予定だった台湾のジャーナリストはオマーン経由でイエメンに入国し、無事取材を終え、既に台湾に帰国しているのだった。


常岡さんと1月にオマーンで合流できなかったのは、台湾の大手ケーブルテレビ局、三立電視台の彭光偉記者だ。

常岡さんが入国を拒否されたと連絡が入り、仕方なく1月19日、計画した通りのルートでイエメン国境に同僚の台湾人カメラマンと2人で向かった。国境でイエメン人の協力者と合流。首都サナアや西部の都市ホデイダなどを取材した。

彭記者も、人道危機を取材の焦点とした。

「多くの人が貧困に苦しんでいた。しかしそれでも日常生活が営まれ、サナアの街は賑わっていた。何があっても、生活は続いていくものだと感じた」。メッセンジャーを通じたBuzzFeed Newsの取材に応じた彭記者は、こう語った。

彭記者はさらに「イエメンでの滞在中、危険を感じたことはなかった」という。

「サナアを実効支配する反政府軍のフーシ派が、私がサナア市内やホデイダを取材する際、常に警護の係官を付けてくれた。係官は、事前に行き先の安全確認も行ってくれた」

「フーシ派支配地域の取材を終えたあと、ハディ派(政府軍)の許可も取って南部の政府軍支配地域に入り、アデンから台湾に戻った。そこでも危険は感じなかった」

そのうえで、彭記者はこう指摘する。

「常岡さんに起きたことは不当だ。渡航報道の自由が保障されるべきだ。正規のビザを保持している記者の行動を妨害するという日本政府の考えを、私は全く理解できない」

一連の取材を無事に終えた彭記者らは、アデンから1月31日、空路で台湾に帰国した。取材内容は、3月中旬に台湾で放送される予定だという。

国境なき医師団の現状;

なお、「非武装人道支援」を基本理念とするMSFは、警備の担当者はいるものの、丸腰だ。各派と入念な交渉をかさね、情報収集を行い危険を避けている。

「ISなど交渉が成立しない過激派が勢力を強めたり、武力に頼らなければならないほど危険な地域では、進出を控えるか、撤退する」と、MSFの広報担当者は話す。現時点でイエメンから撤退する予定はないという。

イエメンの一般的情勢;

イエメンでは、首都サナアなど北部の主要地域は、反政府組織「フーシ派」が実効支配している。

フーシ派は、イエメンで人口の4割ほどを占めるイスラムシーア派の集団だ。中央政府に虐げられているという感情が強く、2015年に蜂起して首都サナアを制圧した。同じシーア派の国イランが、フーシ派を支えている。

イエメン政府軍はフーシ派の蜂起により首都を追われ、拠点を南部アデンに移した。サウジアラビアアラブ首長国連邦など、イランと対立する国々が政府軍を支援し、フーシ派に対する空爆などを行っている。

この内戦に加え、シリアなどで外国人の拉致や殺害を行ってきたイスラム過激派「イスラム国(IS)」や「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」も存在している。

ISやアルカイダは、イスラムスンニ派の過激派だ。これらは、同じイスラム教徒といえど教義が異なるフーシ派などのシーア派のことを「背教徒」とみなし、市民であれど殺害をいとわない。

それだけにフーシ派は、実効支配地域へのスンニ派過激派の侵入を強く警戒し、あちこちに検問を設けている。

また、ISやアルカイダが拠点とする地域は、主に南部などの比較的狭い範囲に限られている。そこに近づかなければ、こうした勢力に拉致される危険性は低い。

今回、常岡さんが計画していた移動ルート上に、ISやアルカイダの拠点はなかった。

そして、常岡さんが取材予定地の一つとしていた西部ホデイダでは2018年12月、国連などの仲介で両軍の地域的な停戦が成立している。

最近、サナアではISなどによる大きなテロは起きていない。検問などフーシ派の治安対策は、一定の効力を示している。

サナアでむしろ問題となっているのは、サウジ軍などの空爆による市民被害だ。

そもそもの紛争当事者の間では奇妙な均衡、大相撲の水入りに近い状態に達しているが故に相対的に安全ではあるが、寧ろサウディ軍やISISといった外部からの介入者の方が危険ということになる。
イエメン問題の意味について;

「国連すらも入れないシリア北部とイエメンの状況は全く異なる。細心の注意を払ったうえで現地で活躍する日本人を取材することに、どのような問題があったのだろうか」と常岡さんは語る。

「世界の人道問題はつながっている。シリア内戦の深刻な人道危機を放置したことで、欧州は押し寄せる難民を抱え、欧州連合が崩壊する可能性すら出た。イエメンの人道危機も同じだ。日本を含む世界と、イエメンの問題は必ずつながっている」

日本の隣の韓国では、イエメン人のビザ取得を免除していた済州島にイエメン人難民が押し寄せるという状況が生まれている。

イエメン内戦については2017年に1度取り上げたきりだった*4

*1:https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/02/07/010934

*2:但し、国連機関やNGOの職員としてイエメンに残留している日本人もいる。

*3:これが今回の出国禁止の根拠となっている。

*4:https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170313/1489332425