承前*1
先ずは『朝日』の記事;
要するに、安倍晋三としては、「安全保障関連法案」*2のために「新国立競技場」を捨てたわけだ。
民意「NO」で政権一転 新国立競技場、振り出しに山岸一生 阿久津篤史
2015年7月18日07時23分
巨額の総工費に世論の批判が高まっていた新国立競技場の建設問題をめぐり、計画見直しに慎重だった安倍政権が17日、一転して現行計画の白紙撤回を宣言した。政権は安倍晋三首相による周到な「政治決断」を強調するが、世論に押された泥縄的な対応は否めない。「国民の祭典」に向けた主会場の設定は一気に振り出しに戻り、先行きはなお見えないままだ。
「ゼロベースで計画を見直す決断をした」17日午後、首相官邸。安倍首相は1時間半に及んだ東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗元首相や関係閣僚との会談を終えると、待ち構える報道陣の前に姿を現して宣言した。「国民やアスリートの声に耳を傾け、1カ月ほど前から見直しの検討を進めてきた」と続けた。
首相周辺は「1カ月ほど前に首相が下村博文文部科学相に指示していたが、現行案を撤回しても五輪に間に合うと分かったのが16日だった」と解説する。
しかし、実際には政権の危機感は薄く、現行の建設計画が着々と進んでいた。6月29日には、下村氏が現行計画を維持する方針を表明。7月7日には、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)の有識者会議が計画を認め、9日にJSCは一部の工事をゼネコンと契約した。首相も10日の衆院特別委員会で、「新しいデザインを決め、基本設計をつくっていくと時間が間に合わない」と見直しを否定していた。
ところが、11、12日の週末に集中した報道各社の世論調査で現行案への反対が7〜8割に及び、「改めて急いで見直しを検討しろと文科省に指示した」(首相周辺)。「憲法違反」と指摘される安全保障関連法案について、与党は15日に衆院特別委で採決を強行し、16日には衆院を通過させた。同時期に新たな火種を抱え、「さすがにこのままでいいわけがない」(官邸幹部)。内閣支持率に響くことを懸念して急きょ、白紙撤回にかじを切った。
対応が遅れた理由の一つに、首相の出身派閥の先輩でスポーツ界への影響が大きい森元首相の存在もあった。計画の抜本見直しには工期の延長が避けられず、森氏がこだわっていた2019年のラグビーワールドカップの開催には間に合わなくなるためだ。
(……)
http://www.asahi.com/articles/ASH7K5F37H7KUTFK00Z.html
「新国立競技場」といえば銭の話をするのが定番になっているようだけど*3、いちばん重要なのは東京における歴史的景観や生活環境の保全であるというのは論を俟たない。
デザインの視点からの「新国立競技場」に対する意見をメモしていきたいが、その前に猪瀬直樹*4の言い分。
「猪瀬直樹氏 新国立に「声を大に『夢を奪うな』と言いたい」」
曰く、
まあこれはそうだろう。
2014年5月にJSCは計画規模を2割縮小して1625億円としたが、同年末に施工予定のゼネコンが試算すると資材・人件費高騰を理由にまた3000億円に膨れあがった。資材高騰は3割程度なのに、なぜ整備費がほぼ倍に増えて「もとの試算と同じ額」になるのか。最終的に今年6月、ゼネコンとJSCが2500億円で合意したが、その経緯も内訳も不透明極まりない。
ザハ・ハディド氏の案が良いか悪いかの議論ばかりが喧しいが、最大の問題は「3000億円ありき」であるかのような試算にある。
「屋根がなければ選手が真夏の東京で直射日光を浴びることになる」ということだが、伊藤博敏「「予算が足りない」の次は、「暑すぎる」「芝生が育たない」「回収の見込みがない」新国立競技場新たな問題が続々浮上中!」によれば、「8月の真夏開催のため、一応エアコンもあるとはいえ、巨大なドームは蒸し風呂状態」になることが懸念されているのだった*5。
開閉式屋根の設置を五輪後に先送りするという話も言語道断だ。2012年にザハ案が採用された際、私は「屋根のある競技場」だったから肯定的に評価した。五輪は何よりも「アスリートファースト」であるべきだ。屋根がなければ選手が真夏の東京で直射日光を浴びることになる。ゲリラ豪雨にも対応できない。
高野孟*6「新国立競技場は「妹島和世」プランを蘇らせるのがいいのでは?《その1》/見苦しい“無責任者”たちの言動」http://bylines.news.yahoo.co.jp/takanohajime/20150718-00047666/
曰く、
さてどうするか。本当は旧国立競技場の改修で十分だったのだが、もう壊してしまった。当初から反対を唱える建築家たちの先頭に立ってきた大御所=槇文彦らが昨年8月に提案したシンプルな案があって、これは有力だと思うが、私は13年12月に「インサイダー」で最初にこのテーマを取り上げた時から、国際コンペで第3位だった日本の女流建築家=妹島和世*7の作品を推奨してきた。第1に、神宮の森に溶け込むように柔らかでフラットなデザインが、和の趣があって「おもてなし」の“国際公約”に最もふさわしい。
第2に、第3位だったといっても、2次審査に残った11作品のうち安藤委員長を含む10人の投票でザハ、豪州のアラステル・リチャードソン、妹島の3点が同点となり、他の委員から「委員長が決めてくれ」と促されて安藤がザハを選んだのであって、元々1位と3位という差があったわけではない。
第3に、ザハは建築のノーベル賞と言われる「プリツカー賞」の女性として最初の授賞者であるためマスコミで「世界的な巨匠」と形容されたりするが、槇はもちろん妹島も授賞者であって権威に何ら遜色はない。
第4に、妹島は住友系の大手設計会社=日建設計とのコラボでこの案を出していて、本格設計の作業も速いのではないか。日建設計は、大阪ドームやさいたまスーパーアリーナはじめ大規模な構造物は得意であり、もしザハ案で行った場合もその本格設計チームの中心となるはずだった。
何とか妹島案を蘇らせて貰いたいと思う。同案はJSPのHPから「新国立競技場」→「国際デザインコンクール」→「最終結果」と辿ると見ることが出来る。
★http://www.jpnsport.go.jp/newstadium/Portals/0/NNSJ/third.html
浜野安宏「安藤忠雄氏の元同志 彼は「建築家エゴ」の塊になったのか?」http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150717-00000012-pseven-soci
曰く、
緑溢れる神宮に高さ70メートルの建造物が現われるわけだが、単に70メートルといわれてもなかなかピンとこない。そこで、私は地元の人たちと一緒に70メートルまで上がる風船を用意して、それがどのくらいの高さなのかを確かめてみた。やってみてよくわかったが、70メートルという高さは明治神宮の森から完全に浮き出てしまう。実測した結果からいえば、許容できる高さはせいぜい40メートルといったところだろう。それ以上になればこの町では「異物」として認識される。
北野町プロジェクトの時に共有した周囲の環境に合わせて街づくりを進めるという思いは、どこへ行ってしまったのかと思う。
安藤氏はテレビ番組で、ザハ氏のデザインを採用しても森の木を切ることにはならないと語っていた。ところがその数週間後、地元では木をどんどん切り倒し始めた。そういうやり方にも、地元住民は不信感を募らせている。
大会後も残る建造物だからこそ、地域に溶け込んだ空間と建物が求められる。地域住民が有効に使える広場や野外劇場、商業施設などを組み合わせた街づくりの一環としてのスタジアムはできないのだろうか。
今回のザハ案のようなマッチョなデザインは、時代にも合わない。そうしたデザインを押し付けるのは、建築家のエゴに思える。
2020年東京五輪のコンセプトは『Discover Tomorrow〜未来をつかもう〜』だ。五輪が終わった後の未来をスタジアムとともに生きていく地元住民の気持ちをもっと考える必要がある。安藤氏が今も40年前の志を忘れてはいないと思いたい。
「「新国立競技場は楽しい場所にならない」建築家が指摘」http://dot.asahi.com/wa/2015032500088.html?page=1 http://dot.asahi.com/wa/2015032500088.html?page=2
戦後の建物で印象に残るものがあるとすると、われわれ建築家にとっては昭和39年にできた丹下健三さんの国立代々木競技場になります。代々木という歴史のある風致地区に違和感なく近代建築が溶け込んでいる。僕たちは世界遺産に登録してもらうべきだと考えています。
http://dot.asahi.com/wa/2015032500088.html?page=1
それで、つい2020年の東京オリンピックに向けた新国立競技場の話になってしまう(笑)。これまでの競技場は木々に囲まれて散歩道があって、人は過去にオリンピックが開かれたことも知らないで通り過ぎていった。実はそれが日常生活にとってとても大事なんですね。今度採用された競技場のデザイン案は、目前にむき出しのコンクリートの壁が威圧的にそそり立つ。競技開催中は人が集まりざわめくが、周囲の人とは無縁なのです。しかも実際に稼働するのは一年のうち50〜60日。残りの300日は壁が立ちはだかる「沈黙の土木架構物」です。都市というものはできるだけ開かれて、建物と人間の間に、ヒューマンな雰囲気がつくられるべきです。新国立競技場の設計には、それがないんです。あまり楽しい場所にはならないと思うのです。
http://dot.asahi.com/wa/2015032500088.html?page=2
まあ槇さんの作風も丸みを排した直線性という意味ではマッチョなのだが。
われわれ、都市に関わる建築家が次の世代にメッセージを残すとすれば、「東京の持つ穏やかさ」を継続してほしいということです。美しいと称賛されるパリも、実はガサガサしています。マンハッタンはいつでも喧噪のなかにあります。東京の穏やかさは世界の大都市の中では比類のないものです。雑踏でも互いに距離を調整し合い、深夜も安全に歩くことができ、自然も基本的にやさしい。われわれが昭和の時代も維持してきた東京の穏やかさを、次の世代にも、ぜひ継承していただきたいのです。http://dot.asahi.com/wa/2015032500088.html?page=2
磯崎新*9「新国立競技場 ザハ・ハディド案の取り扱いについて」http://architecturephoto.net/38874/
昨年11月に発表されたテクスト。「列島の水没を待つ亀のような鈍重な姿」といったよく引用される刺戟的なフレーズを含んでいるが、磯崎氏が示す〈対案〉を引用しておこう;
開会式を皇居前広場(人民広場)でやれ、という提言は凄い。皇居前広場ということだと、綜合演出は原武史氏しかいないんじゃないの?*12 なお、磯崎氏はその「開会式場」のデザインには妹島和世を推している。A、サスティナブルな競技場として現在地で更新するが、一過性のイヴェントであるオリンピック開会式にはつかわない。オリンピック競技場の基準にそったフィールドに整備すると同時にポスト・オリンピックに運用されると思われる諸施設を組み込む。群衆の流れなど周辺環境に配慮し、景観形成に細心の注意をはらう。
B、主競技用のフィールドで開会式を打ちあげた、かつてヒットラーの演出したベルリン大会以来のフォーマットを超えるメディアの時代のライブ性(10万人程度でなく、同時に10億人がテレビやインターネットを見る)をいかす舞台として、二重橋前広場で2020年の東京オリンピック開会式を挙行する。
江戸城の堀、石垣、櫓を背景にして、競技場フィールドより広い舞台を前に立体的な桟敷を設ける。約12万人収容可能。50に分解できる。終了後、全国各県にオリンピック記念公園(競技場)をつくり分散移設。空中を飛翔するカメラをはじめ、あらゆる角度からの映像を全世界に流す。C、国際コンペの審査結果を尊重する。この段階の決定には一般的に二つの解釈がある。(1)*10、「案」を選ぶ。そのままの姿で実施する。(建築家は無名で、案の物理的な姿を評価する)(2)、その案を作成した「建築家」を選ぶ。プログラムに変更があるとき、その建築家が条件に適合する新しい案の作成者になる。(建築家の潜在的能力が評価される)
新国立競技場案が迷走している理由は、(1)、「案」をえらぶ、ことに固執してしまって、自縄自縛に陥ったためだと思われます。諸条件が(2)であるべきなのは当然の流れなのに、何故かザハ・ハディドという署名入りの案を選んだと関係者が思い込んでしまった。国際コンペの通念に無知、無理解、無責任な判定が、すべての流れを捻らせたのです。
私のかかわったオリンピック施設の場合は常に(2)のケースでした。私は新しい条件に対応して、更に新しいアイディアを加えて、実施設計から管理(sic.)*11までつき合うことができました。プロフェッショナルな建築家であれば、状況の変化に柔軟に対応できねばなりません。今回の当選者ザハ・ハディドは、30年前に私はその才能を発見して、その後いくつかの共同の仕事をやった建築家で、彼女のプロフェッショナルな能力は抜きんでており、どんな困難な時でも自ら主体的に参画していれば、自らの署名をそのデザインに残しうる人です。修正案にはその片鱗もみえない。歴史的な誤謬がおかされた、と言わざるを得ません。
今からでも遅くない。当選決定(国際公約です)の時点に立ち戻り、二年間の賛否両論はプログラムの検討スタディだったと考え、ザハ・ハディドにその条件を受けてあらためてデザインを依頼する。彼女はそのような対応のできる建築家です。
- 作者: 原武史
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「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」http://2020-tokyo.sakura.ne.jp/
*1:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150716/1437069891
*2:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150716/1437069892
*3:See eg. http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150712/1436670608
*4:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070430/1177912932 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080721/1216640236 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080729/1217311769 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110607/1307385932 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090704/1246674562 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130618/1371518971 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130804/1375542401 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131219/1387454738 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131220/1387545519 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131221/1387592539 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131222/1387669844 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131229/1388315858 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140103/1388760136 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140104/1388812045 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140622/1403407008 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140626/1403716598
*5:http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150625-00043887-gendaibiz-soci&p=3
*6:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080402/1207104053
*7:http://www.sanaa.co.jp/ See eg. https://en.wikipedia.org/wiki/Kazuyo_Sejima https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%B9%E5%B3%B6%E5%92%8C%E4%B8%96
*8:http://www.maki-and-associates.co.jp/ See eg. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A7%87%E6%96%87%E5%BD%A6 https://en.wikipedia.org/wiki/Fumihiko_Maki
*9:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080428/1209357925 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090824/1251084176 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101114/1289714185 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120217/1329406375
*10:原文は丸囲み数字。
*11:監理?