奈良、村上、会田etc.

承前*1

「「ラッセンとファンが同じ」 奈良美智が関係者発言に怒りまくる」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131006-00000000-jct-ent http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131006-00000000-jct-ent&p=2


この記事の要約の仕方に問題があるのか、「奈良さん好きな人とラッセン好きな人は同じだと思う」という、美学校の『中ザワヒデキ文献研究 夏の陣』*2における武田美和子さんのものだとされる発言の文脈が殆どわからなかった。ちょっと抜き取ってみると、


「奈良さん好きな人とラッセン好きな人は同じだと思う」――。事の発端は、東京・京橋のギャラリー「ギャラリーセラー」のディレクター、武田美和子さんによる発言だ。武田さんは2013年9月25日、現代美術家中ザワヒデキさんによる講義イベントに出演。ラッセンに関する本をテーマに編者の原田裕規さんとともに鼎談した。

 その中で、あるツイートに話が移った。ツイートは、武蔵野美術大学の一部学生達に好き・嫌いなアーティストを聞いたところ、嫌いなアーティストのトップに村上隆さんが選ばれ、草間彌生さん、会田誠さんらが続いたという内容だ。普段、有名な現代アーティストとして彼らと名を連ねることの多い奈良さんは入っていない。すると武田さんは「でも奈良さん好きな人とラッセン好きな人は同じだと思う、私は」と話し始めた。「マーケティングのプロモーションとしてラッセンと奈良は同じ」として、村上さんや草間さんと同じ(中枢の)マーケットにも一応入ってはいるのだがラッセンのほうが近い、と説明する。多くは語らなかったが、武田さんはアンケート結果をみて納得しているようだった。

 講義を実況ツイートしていた人物が、9月28日、「村上は戦略的にアートの中枢に入っていたが、それが嫌われる」とコメントを添えて投稿すると、これが奈良さんの目に留まった。そして「武田さんの発言は、なんだか心外だなぁと思います。僕の作品が好きな人に統計をとってみてほしいですね〜。ほんとにそうだったら、発表を辞めます。本気で」と不快感を示した。

ここに引用した2番目と3番目の段落については、今でもその意味(vouloir-dire)を殆ど掴めないでいる。そういう情況において、最初の「 奈良さん好きな人とラッセン好きな人は同じだと思う」という非常にわかりやすいセンテンスを見れば、ふじいりょう*3の批判*4も妥当なものだと思えてくるし、奈良美智*5が怒るのも無理はないよねとも思ってしまう。 奈良美智ファンとクリスチャン・ラッセンのファンの美意識が「同じ」だとか、この2つのカテゴリーは統計学的な意味で高い相関関係を持っているというのは、どう考えても無茶苦茶である。村上春樹ファンと村上龍ファンは「同じ」という言説よりも遙かに悪質。しかし、大野左紀子さんの「奈良美智ラッセンについてのUstream発言起こし」*6を読むと、それは全然違うということがわかる。大野さんの要約を掲げておこう;

美大生の間では村上隆会田誠が嫌われるのに、奈良美智は嫌われないのは何故か?」というのが元々の話である。これは、地方の芸術大学に仕事に行っている私の実感ともほぼ重なる。一時期、女子学生に好きなアーティストを聞くと8割の確率で奈良美智の名が出てきていた。

「奈良さん好きな人とラッセン好きな人は同じだと思う」というのは、そこだけ見ると確かに誤解を招く表現ではある。だが武田氏の言っているのは、「奈良ファンとラッセンファンは重なっている」とか「奈良美智を好きな人はラッセンも好きになる傾向がある」という”趣味”や”美意識”の話ではない(多くの人がそう受取っているようだったが)。

奈良美智ラッセンはどちらも、アートに関心のなかった人にもアピールするかたちで広く話題になり、ポピュラリティを獲得し、日本のマーケットで成功している。そういう点で近いと武田氏は言っている。もちろんここに、ラッセンを売っているアールビバン商法のようなかたちで奈良美智の作品も売られている、という意味は含まれていない。

奈良美智ラッセンも、受容層の裾野がそれまでになく広いアーティストだ。裾野が広いということは、話題になってるものに惹かれたり、単純に「きれい」「かわいい」と思って素朴に好きになるような人々が、各々のファンの中に多数いるということだ。そのような”ファン層の形成のされ方”が、同じなのではないかと。

またそういうタイプの人は、村上や会田などコンテクストや戦略が明確に見え、そのことによってアートワールドの中枢に入っていったアーティストを嫌うであろうと。

以上が、武田氏の「奈良さん好きな人とラッセン好きな人は同じだと思う」との仮説の中身である。

実は私も、武田美和子さんに近い(と私が思っている)ことを考えたのだった。現代アートがメタ・アートであるなら、村上隆*7会田誠*8はまさに現代アートなのだろう。ここでいうメタ・アートというのは、「アート」という制度それ自体をネタ*9としつつ、それを批判したり、それについて省察したり、それと戯れたりするという身振りを指す。それに対して、奈良美智は近代アート的な〈個の表出〉すなわち表現という枠組みで解釈しやすいところがあり、それが或る種のわかりやすさをもたらしているのではないかと思う。大野さんが学生から聞き出した「ピュアな感じ」とか「自然体」というのもそういうことなんじゃないかと思う。そういう学生さんからすると、メタ・アートたる村上隆会田誠あざといとかえぐいということになるのでは? この図式からすれば、草間彌生*10は村上や会田よりも奈良に近い感じがする。「ラッセン」との関係でいえば、奈良美智草間彌生に「ラッセン」しろと言っても非常に高い確率で不可能だと思う。それに対して、村上隆会田誠は容易くほいほいと「ラッセン」することができるだろう*11
さて、上のJ-CASTニュースの記事だが、その結語には、ふじいさんとともに驚く;

ちなみに当のラッセンは現在、来日して個展を開催している最中だ。9月14日には片山さつき参議院議員と面会し、「クールジャパン」について話し合ったとスタッフがブログで報告している。
片山さつき*12支持者とラッセン・ファンの美意識の異同は、別の意味で興味深い。ところで、ラッセンの絵は(字義的な意味で)「クール」ではなく、寧ろホットというべきだろう。

*1:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131010/1381422572

*2:http://www.bigakko.jp/opn_lctr/sc2013/001.html

*3:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110414/1302758605

*4:奈良美智氏「ラッセン大嫌い」事件を考察してみる」http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujiiryo/20131009-00028779/

*5:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060817/1155810610 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070602/1180723693 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130905/1378386198

*6:http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20131010/p1

*7:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060501/1146508243 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061021/1161440194 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070917/1190056062 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080102/1199294584 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100917/1284690296 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101126/1290743629 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130402/1364877088 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130905/1378386198

*8:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110615/1308109789 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130806/1375761335 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130905/1378386198

*9:エスノメソドロジーの用語を使えば、リソースではなくトピック。

*10:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061030/1162201336 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090824/1251084176

*11:言語哲学にいうuseとmentionの区別も参照のこと。

*12:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20081201/1228105248 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100502/1272811114 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120501/1335857602 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120611/1339438869 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120704/1341371380 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120709/1341839592 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130617/1371433813 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130705/1372981246 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130828/1377710677 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130830/1377884073 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130904/1378258730 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130910/1378780119