片倉もとこ

2月に岩田慶治先生が亡くなり*1、今月の10日には山口昌男先生が亡くなっている*2。最近人類学者が立て続けに亡くなっているなと思ったら、片倉もとこ先生も先月亡くなっていることに気づいた。
『朝日』の記事;


片倉もとこさん死去 元国際日本文化研究センター所長


 イスラム世界の研究者で元国際日本文化研究センター所長の片倉もとこ(かたくら・もとこ、本名片倉素子)さんが、2月23日、死去した。75歳だった。葬儀は近親者のみで営んだ。喪主は夫で元駐エジプト大使の邦雄さん。

 専門は文化人類学。津田塾大教授、国立民族学博物館教授などを歴任し、2005〜08年、女性として初めて国際日本文化研究センター所長を務めた。著書に「アラビア・ノート」「イスラームの日常世界」などがある。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0305/OSK201303050005.html

アラビア・ノート―アラブの原像を求めて (NHKブックス 356)

アラビア・ノート―アラブの原像を求めて (NHKブックス 356)

イスラームの日常世界 (岩波新書)

イスラームの日常世界 (岩波新書)

実は、片倉先生の死を知ったのは、布施広「片倉もとこさんの仕事」(『毎日新聞』2013年3月21日)という記事を通してである。そこには、片倉先生の最後の言葉が引用されている;

今後しばらくは、わたしへの郵便その他は、おおくりくださいませんよう。実はわたし人生最後のフィールドワークにでかけることにいたしました。パソコン環境もよくないところで……

さて、登川誠仁さん*3亡くなる。享年80歳。
『朝日』の記事;


沖縄民謡の第一人者、登川誠仁さん死去


 沖縄を代表する民謡歌手で、映画「ナビィの恋」にも出演した登川誠仁(のぼりかわ・せいじん、本名登川盛仁〈のぼりかわ・せいじん〉)さんが19日午後11時37分、肝不全のため沖縄県沖縄市の病院で死去した。80歳だった。葬儀は23日午後3時から同市松本7の5の3のサンレー中部紫雲閣で。喪主は長男仁(ひとし)さん。

 兵庫県生まれ。沖縄県の東恩納(現うるま市)で育つ。7歳で沖縄の楽器・三線(さんしん)を手にし、16歳で芝居の地方(じかた)の弟子として修業を積む。1950年代半ばから伝統歌謡の代表的歌手の一人に。「セイ小(セイグヮー)」の愛称で親しまれ、古典から民謡、即興の琉歌までこなし、三線の速弾きの名手で知られた。知名定男さんら多くの弟子も育てた。琉球民謡協会の発展に貢献し、名誉会長などを務めた。89年には、沖縄県指定無形文化財保持者に認定された。

 琉球民謡の正調を広く伝えようと、県内外の野外音楽フェスティバルなどにも意欲的に出演し、「モンゴル800」など沖縄出身の若いアーティストとの共演を楽しんだ。2012年秋には、ともに沖縄の民謡界を盛り上げてきた大城美佐子さんと初共演したアルバムを発表し注目された。

 99年公開の映画「ナビィの恋」では、平良とみさん演じる主人公ナビィの夫・恵達役で出演し、ひょうひょうとしたキャラクターが人気を集めた。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0320/TKY201303200033.html

ナビィの恋 [DVD]

ナビィの恋 [DVD]

同じ中江裕司監督の『ホテル・ハイビスカス』にも出ておりますな。
ホテル・ハイビスカス [DVD]

ホテル・ハイビスカス [DVD]