美しき日本語を破壊した罪?

「のだめ」内閣*1の閣僚第一号として、鉢呂吉雄経済産業相が辞任したという。罪状は福島原発周辺地区を「死のまち」と形容したこと、また「記者団の1人に「放射能をつけちゃうぞ」と述べ、防災服をなすりつけるようなしぐさをしていた」こと(『朝日新聞』)*2
「死のまち」発言については、これが何故非難されなければならないのか、さらには辞任に値する罪なのかよくわからなかった。これについては、宮武嶺という弁護士の方の弁護*3は全く正論だと思う。別の言い方をすれば問題がなかったともいえるわけで、これはかつて撤退を転進、敗戦を終戦、占領軍を進駐軍と言い換えた日本語の美しき伝統を侵犯していることが非難されているんだな(と勝手に思うことにする)。
「死のまち」といえば、今デヴィッド・バーンの『ちゃりんこ日記』を読んでいるのだが、彼がブエノスアイレスのRecoletaという瀟洒な高級住宅街にある霊園を訪ねる話が出てくる(pp.106-109)。そこにはあのエビータ(エバ・ペロン)の墓もあるのだが、写真を見ると、どの墓も大きい、生ける人が住まう家並みに大きい! まさに、「死のまち」、”a neighborhood, a barrio, exclusively for the dead”(p.107)である。

Bicycle Diaries

Bicycle Diaries

放射能をつけちゃうぞ」問題については弁護の余地はないと最初思った。佐藤優*4が批判していることとも関係があるのだが*5、要するに既にジジイと呼ばれる年齢なのにガキっぽすぎるというのが罪状。犬の糞を踏んづけた小学生が〈穢れ〉を移そうとして他人にタッチするということをやるけれど、そういうことをやったのだと思ったのだ。まあその場合、タッチされそうになったら、エンガチョ! と叫んで、指で印を結べばいいわけだけれど。しかし、『毎日新聞』が公開した「鉢呂経産相:8日夜の報道陣とのやりとり」を見ると、ちょっと不自然ではある;

8日夜の鉢呂経産相と報道陣の主なやりとりは次の通り。

 Q (福島第1原発の)視察どうでした?

 A やっぱり、ひどいと感じた。(記者に突然、服をなすりつけてきて)放射能をつけたぞ。いろいろ回ったけど、除染をしないと始まらないな。除染をしっかりしないといけないと思った。

 Q 予算措置は?

 A あす、予備費の2200億の関連で閣議決定する。それでも足りないよね。じゃ、おやすみ。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110910ddm002010151000c.html

「(記者に突然、服をなすりつけてきて)放射能をつけたぞ」以外はまともなことを言っている。しかし、その後で「予算措置は?」と冷静に質問がされており、鉢呂氏もそれに対して普通に受け答えをして、「じゃ、おやすみ」と会話を閉じている。大臣辞任に結び付くような発言&仕草だとしたら、そこで会話が中断して、記者の側も詰問モードに変わったりして、場が荒れる筈なのだけれど、「放射能をつけたぞ」の後、会話は中断されないで、そのまま話の続きが語られている(というか、「放射能をつけたぞ」をカットしても会話の意味は通じる)。そして、記者の方も鉢呂氏を詰問することなく、別の質問に移っている。ともかく『毎日新聞』はこのオリジナル・テープを第三者(できればエスノメソドロジスト)に渡して、トランスクリプションを依頼すべきだとは思う。ところで、最初にこの会話を読んだとき、「放射能をつけたぞ」というのは(自分の服に)(原発周辺の空気から)「放射能をつけたぞ」という意味だと思った。自分の傷を見せつけるというのはよくある話じゃないか。まあこれも十分にガキっぽい振る舞いではあるが。
何だか別のストーリーもあるらしい。「犬飼冬語(仮)」という人物の呟き;

記者「大臣(作業服)着替えてないんですか」⇒大臣「今福島から戻ったばかりだ、そんな暇ないよ」⇒記者「じゃ福島の放射能ついたままですか」⇒大臣やや怒って、一歩近づいて「それがどうした? 放射能つけてやろうか?」
http://twitter.com/nauciccafe/status/112335403331223553
これはソース不明で、その真実性は全く確証されていないわけだが、会話のシークエンスとしてはこちらの方がずっと自然にみえるというのも事実なのだ。『毎日新聞』にとっては、自らが公表した会話が真実を反映しており、「犬飼」ヴァージョンが捏造された架空のものであることを証明する必要性がさらに増えたともいえる。
エンガチョについて;

子供が汚い物や人(汚い物を触った人)に触れたとき周りにいる友達に触れることで汚れを移すという遊びをするが、エンガチョはその際に使われる囃し言葉であり、おまじないや呪文的言葉である。例えば道路にあった犬の糞を踏んでしまった子供が、隣りにいる友人に触ることで汚れ(鬼)は触れられた者に移る。しかし「エンガチョきった」といいながら両人差し指でバッテンを描くことで汚れ(鬼)は移せなくなる。周りが全員この「エンガチョ」という呪文を唱えた場合、汚れ(鬼)は誰にも移せず、その子が持って帰ることになる(この方法は一例で地域や時代によって異なります)。また、エンガチョはこういった遊び(イタズラ)自体や触られた汚れ役(鬼役)の子供という意味でも使われる。
http://zokugo-dict.com/04e/engacho.htm