「目の前にいる患者を助けるのが僕らの仕事だ」

承前*1

田崎健太「京アニ放火殺人事件容疑者に主治医・上田敬博が伝えたこと「俺はおまえに向き合う。絶対に逃げるな」」https://wpb.shueisha.co.jp/news/society/2021/04/29/113566/


京都アニメーション放火・殺人事件の犯人、青葉真司を治療した上田敬博医師について。


青葉の意識が戻ったのは、2度目の表皮移植手術の前だった。喉の器官を切開して人工呼吸器をつなげているため、言葉は発せない。上田と目が合った青葉は小さく頷いた。

喉を塞(ふさ)ぎ、言葉を発することができるようになったのは事件から約3ヵ月後の10月半ばだ。

「最初はかすれ声しか出ない。しゃべり方を忘れているんです。『声を出してみ』と言ったら、『ああ』って。その後、声が出るようになったと泣いていた。そのとき、死ぬことを覚悟して事件を起こしたんじゃないんだなと思いました」

少しずつ、ふたりは言葉を交わすようになっていった。

「そのとき彼は、犠牲者はふたりだけだと思っていた。『ふたりも殺したからどうせ死刑になる』って言ったんです。僕は、『悪いことをやったという自覚があるんやったら、まずは自分がやった行為と向き合え』と言いました。『それから罪を償え、そのためにおまえを助ける。主治医である自分をしっかり見ろ。俺はおまえに向き合う。絶対に逃げるな、もう逃げられへんぞ』と」

意識したのは、正面からぶつかることだ。これはラグビーから学んだことだった。

「タックルに入るとき、斜めや横から入ると絶対に失敗するんです。一番いいのは真っ正面から行くこと。医療も同じで、なんかあったらとにかく正面からぶつかるしかない」

上田は毎日、7時半と19時の2回、青葉の話を聞いた。青葉は、自分は「低の低」の人間で、生きている価値がないと投げやりだった。


容体が回復すると、青葉を転院させたほうがいいのではないかという声が病院内から上がった。犯罪者が入院していると悪評につながるというのだ。まだ転院できる状態ではないと上田は反対した。

青葉は、自分が厄介者扱いされていることに気づいていた。そして上田に、自分みたいな人間を治療してもなんのプラスにもならない、なぜ自分を守ってくれるのかと聞いた。

上田はこう答えた。

「目の前にいる患者を助けるのが僕らの仕事だ。バックグラウンドは関係ない。犯罪者でも政治家でも一緒や」

阪神淡路大震災体験;

95年1月、大学2年生のときに阪神・淡路大震災が起きた。上田は、定期的に被災者を訪れ、医療支援を行なうボランティアに参加した。そこで出会った60代の女性が忘れられない。

「彼女は震災で夫を亡くし、なぜ自分だけ生き残ったのだろうと自分を責めていました。ちゃんと見ておかないと危ないと、(医学生たちで)シフトを組んで彼女の家を訪問していた。でも、24時間見ることはできません。ある夜、手首を切って自殺してしまいました。結局、自分たちは何もできなかった。医療ライセンスがない自分たちは無能だ、ただの自己満足じゃないのかと自問自答しました」

ライターの田崎氏が関東人なので「大学2年生」と表記しているのか。それとも、上田氏の母校である近畿大学は関東式の「年生」という表現を使っているのだろうか。