また「先送り」

承前*1

NHK曰く、


朝鮮学校無償化 結論先送りへ
8月28日 4時11分

高校の授業料の実質無償化の対象に朝鮮学校を含めるかどうかをめぐって、文部科学省は、今月中にも対象に加える方向で結論を出したいとしていましたが、政府・与党内に慎重な意見もあることから、さらに調整が必要だとして、結論を先送りする方針です。

文部科学省は、高校の授業料の実質無償化について、「無償化は、学校ではなく生徒個人に対する支援であり、朝鮮学校を対象とするかどうかの判断は、拉致など、ほかの北朝鮮の問題と切り離して考えるべきだ」などとして、朝鮮学校も無償化の対象に含める方向で検討しています。そして、省内に設けられた有識者会議が検討している、無償化の対象とする学校を決めるための判断基準が週明けにも公表されるのを踏まえて、今月中にも、朝鮮学校も無償化の対象に加える方向で結論を出したいとしていました。しかし、政府・与党内や、北朝鮮による拉致被害者の家族会などからは、「北朝鮮に制裁を行っているなかで支援を行うという、矛盾した対応を取るべきではない」などとして、朝鮮学校を無償化の対象に加えることについて、慎重な対応を求める意見が出ています。このため、文部科学省は、さらに調整が必要だとして、今月中に結論を出すのを先送りし、引き続き、政府・与党内で検討を続ける方針です。
http://www.nhk.or.jp/news/html/20100828/t10013625151000.html

さて、http://d.hatena.ne.jp/filinion/20100829/1283047728が話題になっている。朝鮮学校を「無償化」の対象にするかどうかに関しては、「政治思想や外交関係、歴史問題など、教育水準と無関係なことを勘案すべきではない」、また「高校相当の教育を行っているなら支援すべき」という。それに基づいて、「国語といった日本の高校と同じカリキュラムが、朝鮮学校にも外形的にそろっているかが主な検討材料となっており、教科書の内容などについては判断材料にはなっていない」という「文科省初等中等教育局」の言い分を斥ける。とはいっても、「主体(チュチェ)思想など独裁政治に利用される思想教育が行われている」ことを問題にしろという3K的主張も斥けている。この方は「政治教育」に時間を割かれて、本来すべき「歴史」教育の時間がなくなっているのではないかと懐疑する。それで、「高校相当の教育を行っている」かどうかについてはかなり懐疑的である。
これはけっこう面白い視点だとは思う。ただ朝鮮学校が、「高校相当の教育を行っている」かどうかというのはけっこう容易く実証的に検証できると思う。既に複数の大学が朝鮮学校卒業者の受験資格を認めている。これは「高校相当の教育を行っている」ことの証拠になるのでは? さらに、朝鮮学校出身の受験者とそれ以外の所謂「一条校」出身の受験者の入試における点数を比較して、その平均が前者と後者がイーヴン若しくは前者が後者を有意に上回っていたら、朝鮮学校は「高校相当の教育を行っている」ことがいえないか。さらに安易には、教科書を一瞥すれば明らかなんじゃないか。朝鮮学校の教科書の、その特異な政治性を論う人は沢山いる。しかし、そういうのを読んだり聴いたりして何時も不思議に思うのは、そういう人たちの批判というのは事実として妥当な点を突いているのだろうけど、そういうところばかり眼が行くというのはやはりちょっとチュチェ萌えが過ぎるんじゃないかということだ。そりゃあ、歴史特に近現代史では政治的に敏感なところがありすぎ、ややこしくはなる。じゃあ、政治的な敏感さの薄い前近代はどうなの? 縄文式土器とか弥生式土器とか、はたまた平安京遷都は何年かとか、遣唐使は何時廃止されたとか、江戸幕府は何年にできたとか、そういう〈一般常識〉に類することは書かれているのか。英語だったら、「高校相当」の教科書として、仮定法をちゃんと教えているのか。数学では三角関数の記述はどうなっているのか。こういうことは教科書をbrowsingすれば*2わかることではないか。どうして(少なくとも管見の限りでは)誰も言及しないのか。やはり不思議だ。
ところで、「無償化」の問題とは別に、(朝鮮学校を含む)外国人学校、インターナショナル・スクール、フリー・スクール、さらには自宅での独習等々の学びのスタイルの多様性を肯定することと、(学びのスタイルに対してできるだけ中立であるという意味で)公正且つ的確な学力の認定ということを両立させるためには、統一的な中等教育終了資格=大学入学資格試験(バカロレア)の実施しかないんじゃないかとも思う*3