「エホバの証人」輸血問題への指針

『読売新聞』の記事なり;


親拒んでも15歳未満輸血、信仰より救命優先…学会指針案
 信仰上の理由で輸血を拒否する「エホバの証人」信者への輸血について、日本輸血・細胞治療学会など関連5学会の合同委員会(座長=大戸斉・福島県医大教授)は、15歳未満の患者に対しては、信者である親が拒否しても救命を優先して輸血を行うとする指針の素案をまとめた。

 「信教の自由」と「生命の尊重」のどちらを優先するかで悩む医療現場の要請に応えて検討を始め、「自己決定能力が未熟な15歳未満への輸血拒否は、親権の乱用に当たる」と判断した。

 合同委員会はこのほか、日本外科学会、日本小児科学会、日本麻酔科学会、日本産科婦人科学会の国内主要学会で組織。年内に共通指針としてまとめる。

 エホバの証人への対応はこれまで、日本輸血・細胞治療学会(当時は日本輸血学会)が1998年、18歳以上の患者は本人の意思を尊重し、12歳未満の場合は、家族が反対しても輸血を含む救命を優先するとの指針をまとめていた。しかし12〜17歳については、発育途上で判断能力に個人差があるとして対応策を示していなかった。

 今回の素案では、治療法に対してある程度の自己決定ができる年齢を、義務教育を終える15歳に設定した。15〜17歳の患者については、本人と親の双方が拒めば輸血は行わないが、それ以外、例えば本人が希望して親が拒否したり、逆に信者である本人が拒み親が希望したりした場合などは輸血を行う。

 15歳未満の患者に対しては、本人の意思にかかわらず、親が拒んでも治療上の必要があれば輸血する。18歳以上については、これまでの指針通り、親の意向にかかわらず本人の意思を尊重する。

 大戸教授によると、エホバの証人信者が子への輸血を拒否する事例は、大学病院など全国100以上の病院で少なくとも毎年数例は起きていると推定される。

(2007年6月24日3時3分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20070624i101.htm

エホバの証人」と「輸血」問題に関しては、http://www.ceres.dti.ne.jp/~gengen/ehoba/ehoba.htmlが詳しいか。生命倫理学的には、「生命の尊厳」と「生命の質」の対立ということになるのだろうけれど、尊厳死安楽死の問題を見てもわかるように、「生命の尊厳」という立場に立つ筈の医療制度においても「生命の尊厳」という観念は揺らいでいる。また、「エホバの証人」は〈カルト〉とされている。とはいっても、〈ハルマゲドン〉ということを強調しているとはいっても、例えばかつてのオウム真理教などとは、社会へのコミットメントに関しては、正反対の方向性を持つ。「エホバの証人」という名前が示しているように、この人たちにとって〈ハルマゲドン〉というのはあくまでも神の業であり、自分たちはただの「証人」にすぎない。さらに、この態度は社会への関係にも当嵌まり、現世(社会)へのコミットメントを徹底的に差し控えようとする。有名な徴兵拒否にしても、それは反戦思想によるものではなく、戦争という現世的な出来事へのコミットメントを禁止しているということである。選挙権行使の禁止にしても公務員になることの禁止にしても。とすれば、「エホバの証人」問題というのは、社会に対しての(肯定的・否定的な)関わりを拒絶するように見える人たちと社会がどのように折り合いをつけていくのかという問題の一部だということになる。
実際的には、土屋恵一郎氏が『正義論/自由論』
正義論/自由論―寛容の時代へ (岩波現代文庫)

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で議論しているようなことが現実的であるように思える。土屋氏もそれは最善ではないとしているが、医師側が敢えて患者(信者)の意志を無視して輸血を強行すれば、信者の側も宗教的責任を(教団に? 神に?)問われないということになる。