被害者たちが着ていたもの

Priscilla Frank “Photographer Documents What Students Wore When They Were Sexually Assaulted” http://www.huffingtonpost.com/entry/photographer-documents-what-women-wore-when-they-were-sexually-assaulted_us_5720e652e4b0f309baef5868


レイプなどの性犯罪の被害者は屡々、その時どんな服を着ていたのかという質問を受ける。これは仮令訊く側に悪気がない場合でも、被害者の責任を不当に問う結果になってしまうし、加害者を「守る」ということにもなる。
アーケイディア大学*1 の「写真専攻」の学生Katherine Cambareri*2はレイプ被害者が被害に遭ったときに着ていた服の写真を撮っている。


For her photo series, Cambareri reached out to survivors of sexual assault on Facebook, asking them to bravely share instances in which they experienced sexual advances without their consent. Only female college students responded to the request, thus narrowing the scope of the project. Cambareri then asked the women if she could photograph the clothes they were wearing when they were assaulted.

“Society assumes that victims wear revealing clothing when they are sexually assaulted,” she said. But as her images attempt to show, that’s not only an inaccurate assumption, it’s a harmful one that downplays the fact that the person at fault is always the perpetrator, and never the victim of assault.
〈事件〉とは換喩的な関係を有している服たち。しかし、あらゆるコンテクストを剥ぎ取られ、黒い地の上に置かれて撮られている。これによって、服たちはありふれた何処にでもありそうなただの服という本性を露呈し、(Katherine Cambareriが望んでいるように)観る者が立場を想像的に交換することを容易にすることになるといえる。
See also


“College Student Debunks Sexual Assault Myths with Compelling Photo Series” http://www.breakthecycle.org/blog/college-student-debunks-sexual-assault-myths-compelling-photo-series

「はな」だと思っていた

岡本拓*1黒木華ってなんて読む?ドラマ好評も悲しい結果に…」http://sirabee.com/2016/05/06/116587/


女優の「黒木華」の「華」を「はる」と正しく念めた人は半数に満たない46.7%だったという話。私も「はな」だと思っていたよ。数か月前に『週刊新潮』が小保方晴子のことを「黒い割烹服」と呼んでいたのだが*2、そのとき、まあ〈白い割烹服〉だったら『小さいおうち』のクロキハナだよねと、声を出さずに呟いたのだった。

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「なお、黒木意外にも感じの読み方が難しい芸能人は他にもたくさん存在する」ということで、

(1)*3荒川良々(あらかわよしよし)

前述のドラマ『重版出来!』に出演中の荒川も、難読の芸能人のひとり。彼が所属する劇団『大人計画』の劇団員には宮藤官九郎(くどうかんくろう)、平岩紙(ひらいわかみ)、皆川猿時(みながわさるとき)など、読みにくい芸名の人物が多い。

(2)大森南朋(おおもりなお)

映画やドラマに引っ張りだこの演技派俳優。「なんほう」でも「なんぽー」でもなく「なお」である。

(3)忽那汐里(くつなしおり)

初見ではまず読めないこの名前。しかし、珍しい名前だけに一度覚えると間違えにくそうでもある。

(4)狩野英孝(かのえいこう)

加藤紗里川本真琴との二股で注目を浴びた彼も、「かのう」と誤読されがち。正しくは「かの」である。ロンドンブーツの淳の発音をよく聞いてみよう。

(5)塚地武雅(つかじむが)

ドランクドラゴンのひとり。「たけ…まさ?」と読んでしまいそうだが、「むが」と読むらしい。ちなみに本名でもあるとのこと。

ところで、子どもの頃の私にとっての最大の謎(のひとつ)は寺田農だった。仕方ないので、テラダノウと言っていたけれど、何か変だぞとは思っていた。ミノリと念むと知ったのは大人になってからだった。

「アンデルセン公園」

子どもの日、従妹の一家と「ふなばしアンデルセン公園*1へ行ってきた。新京成三咲駅発のバスも超満員で、剣呑なムードのおばはんもいたのだが、取り敢えず無事に着いたら、子どもたちは直ぐに水に入る! と言い出したので、水着に着替えさせて、午前中いっぱい、子どもたちは「にじの池」での水遊び、大人は子どもたちの監視に明け暮れる。午後は滑り台で少し遊んでだが、熱中症を恐れて、2時過ぎに退散。子どもたちは、フィールド・アスレティックをするには年齢が足りなかったのだ。


ふなばしアンデルセン公園、日本のテーマパーク3位の秘密!」http://tg.tripadvisor.jp/news/advice/funabashi_andersen/

塩井社

熊本地震後の水が枯れたのは「水前寺成趣園*1だけではなかったようだ。

HuffPost Newsroom「「日本一長い駅名」由来の「塩井社の水」、熊本地震の後に枯れる」http://www.huffingtonpost.jp/2016/04/25/kumamoto-spring-minamiaso_n_9775130.html


曰く、


熊本地震の被災地となった熊本県阿蘇村では、水源の1つ、塩井社(しおいしゃ)の水が震災後に枯れてしまった。特産の米づくりなどにも影響が広がると懸念されている。朝日新聞デジタルなどが4月26日までに報じた*2

熊本県のサイト*3などによると、塩井社水源は南阿蘇村中松松の木にある塩井神社*4境内に所在するエメラルド色の湧水池だった。しかし、震災後、この池の水は枯渇状態にある。崖くずれで神社の拝殿が崩れ落ちる被害もあった。

湧き水は震災前、神社北側の山を通り、神社の森から毎分5トン、1日7200トン流れだし、飲み水や農業用水として利用されていた。水源からの水は塩井川として白川に注ぎ、南阿蘇でただ1つ西から東へ流れる「ノンボリ(上り)川」の愛称でも親しまれていた。

湧水の多数位置する南阿蘇村は、「水の生まれる里」とキャッチフレーズに掲げている。約2キロ南にある南阿蘇鉄道高森線の駅にはこの水源にちなんで「南阿蘇水の生まれる里白水(はくすい)高原」という名前がつけられている。平仮名22文字で日本一長い駅名として知られている。

ただ、やはり「塩井社」は例外的であるようだ。南阿蘇村の水源の多くは地震後も変わらずに水を供給し続けているのだった。
時事通信の記事;

湧き水、被災者支える=各地に水源「助かった」−水枯れも・熊本地震で南阿蘇


 こんこんと湧き出る澄んだ水。地震で被害を受けた熊本県阿蘇村は、「水の生まれる里」とも呼ばれ、村内の至る所で地下水が湧き出す。約4割の家庭で断水が続くが、自然の恵みが被災者の生活を支える。一方で、地震後に突然枯れた水源もあり、専門家による調査も始まっている。

 阿蘇の大地に染みこんだ雨は、20〜35年かけて地中を通って地表に湧き上がり、生活用水や農業用水などに利用されている。
 6年前に兵庫県から移住した前田幸一さん(69)は近くの「湧沢津水源」で毎日、ペットボトルに水を詰める。「熊本市内からすし店がくみに来るほどの水。避難所の炊き出しでも重宝した」と話す。車中泊を続ける自営業城戸寿和さん(62)も水源まで車で15分走り、毎日40リットルをくむ。「近くに水源があって助かった。普段こんなに水を使っていることに改めて気付いた」。
 自衛隊も県道脇の水源から取水する。村の避難所などに給水車を置いているが、幹部自衛官は「断水世帯の数の割に給水ニーズが少ない。湧き水が影響している」と話す。
 一方で、異変も起きた。神社境内で澄んだ水をたたえていた「塩井社水源」は4月16日未明の本震直後に枯れた。深さ2メートルほどの池が消え、土が露出していた。
 避難所暮らしを続ける市原一夫さん(88)は名産の「あか牛」に与える水がなくなり、毎日600リットルをトラックで牛舎に運ぶ。「牛も生き物じゃけん。水がないと生きていけない」と語る。近くの農業高木二三男さん(70)によると、37年前に日照りが続き、一時枯れたことがあった。水源の水で50年間米を作ってきたが、「今回は水脈が切れたかもしれない。このままでは田植えができない」と不安を漏らした。(2016/05/02-14:42)
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016050200393&g=soc

「 塩井社の水」について幾つか;


「塩井社水源(シオイシャスイゲン)」(『阿蘇ナビ』)http://www.asonavi.jp/spots/detail/1450
「塩井社水源地」http://polaris3.blog.so-net.ne.jp/2014-08-10
「免の石、塩井社水源[熊本県]」http://www.elle.co.jp/horoscope/pick/fortunespot213_0111/mennoishi_shioishasuigen

生きている!

Andy Greene “Little Richard Denies Near-Death Rumors: 'I'm Still Singing'” http://www.rollingstone.com/music/news/little-richard-denies-near-death-rumors-im-still-singing-20160503


あのリトル・リチャード*1が危篤という噂が流れていたんだね*2。本人が代理人を通じて、その噂を否定。まあリトル・リチャードはもう2年間も人前で演奏していない。しかし、彼は83歳である。リトル・リチャードの言葉を伝えた代理人のWilliam Sobel氏はかつて殿下*3代理人を務めたこともあったのだった。
リトル・リチャードについては、


David Ramsey “Prayers for Richard” http://www.oxfordamerican.org/magazine/item/719-prayers-for-richard


も。でも、この記事のタイトルにつられて早とちりしてしまった人も少なくないのでは?