「うさこ」

上海万博の開会式はTVで見た。花火は向かいのマンションに遮られてあまりよく見えなかったけれど、何とか自宅のヴェランダから見ることができた。今回の万博で、上海在住の外国人の間でけっこう注目されているのは、今回の万博は北朝鮮が参加する最初の万博だということ。あとは、「日本産業館」の3000元のランチか*1
さて、万博とは全然関係なく、『毎日』の記事;


うさこちゃん:愛されて55年 英訳時に「ミッフィー」 出版社で異なる名前

 何を今さらと言うなかれ、「うさこちゃん」と「ミッフィー」は同じである。絵本が誕生して55年。世界中の子どもに愛され、近年は肉親の死などのシリアスなテーマも描かれている。文具や雑貨など「ミッフィー」グッズも人気を集め、絵本の「うさこちゃんシリーズ」(福音館書店)は全巻が新装版になった。進化し続けるミッフィーうさこちゃん)の魅力とは−−。【木村葉子】
 ◇翻訳、50カ国語以上 葛藤や成長描く

 オランダの絵本作家、ディック・ブルーナさん(82)がシリーズの第1作を発表したのは1955年のことだ。ブルーナ絵本はミッフィーうさこちゃん)シリーズの34作を含む約120作あり、全世界の50カ国語以上に翻訳され8500万部以上のロングセラーになっている。

 主人公のウサギの女の子は、原書では「ナインチェプラウス」という。ナインチェは「うさちゃん」、プラウスは「ふわふわ」という意味だ。60年代に英訳されるとき語感の良さから「ミッフィー」と名付けられた。一方、「うさこちゃん」は64年に福音館が日本語版を出す際、訳者の石井桃子さんが名づけた。講談社では81年に翻訳本を「ミッフィー」として出版し、グッズやテレビのアニメ番組などでは「ミッフィー」が広く使われるようになった。

 現在、翻訳絵本は福音館が「うさこちゃん」シリーズとして出版し、講談社はキャラクターを使った知育絵本などを「ミッフィー」シリーズとして出している。両社合わせて累計1500万部以上で、同じ主人公で二つの名前が共存している。

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 55年の間に、形も少しずつ変わった。当初は耳が鋭角にとがり、顔は楕円(だえん)形だったが、しだいに耳の先端が丸くなり顔も円に近くなった。この変化と名前の違いから「うさこちゃんミッフィーは別物か」という問い合わせが出版社にあるという。福音館では55周年記念キャンペーンで「うさこちゃんミッフィーはおなじ」とホームページなどで呼びかける。そのうえで同社は「キャラクターとしてだけでなく、物語があることを広く知ってもらいたい」と話す。

 内容も変化が見られる。同社の「うさこちゃん」シリーズは、0〜6歳ぐらいのうさこちゃんを描いているが、物語は時系列順になっていないという。だが近年のうさこちゃんは、かわいがってくれた祖母の死(「うさこちゃんのだいすきなおばあちゃん」08年)や、友だちをからかうことへの反省(「うさこちゃんとたれみみくん」同年)、万引き(「うさこちゃんときゃらめる」09年)など、さまざまな葛藤(かっとう)に直面する。

 両親や祖父母に愛され、かわいがられるうさこちゃんから、他者を思いやり、自分の行いへの責任を取るまでの成長も描いている。

 訳者で、東京子ども図書館理事長の松岡享子さんは「うさこちゃんの経験を共有することで読者も一緒に成長していく」と話す。大人が余計な手出しをせず、うさこちゃんが自ら考え行動する姿は「オランダ人的な生き方が、作品に入り込んでいる」ともみる。常に読者に顔を向け、ときに語りかけるうさこちゃんは、いつの時代も読む人の心をつかんで離さない。
 ◇キャラクター商品も人気

 「うさこちゃん」「ミッフィー」の絵本やキャラクターグッズのバリエーションは豊かだ。

 福音館では今春、装丁や色調を原書に近づけるため、ブックデザイナーの祖父江慎(そぶえしん)さんに依頼しシリーズ全44作を大幅にリニューアルした。丸みを帯びたゴシック体のオリジナルフォントで、原書の雰囲気を再現した。

 ミッフィーはキャラクターとしても人気が高く、ディック・ブルーナ・ジャパンによると、国内では約130社とライセンス契約し、ベビー用品や玩具、文具など幅広い商品で使われている。ライターや武器を連想させる水鉄砲などには使われず、「親が喜んで子どもに与えるもの以外には許諾をしていない」という。子ども向け商品には、ブルーナ・カラー(赤、黄、青、緑、茶、灰色)を使うよう求めているが、中高生や大人向け商品には黒やピンクなどが基調になるものもある。同社の鉄田昭吾社長は「シンプルなデザインや想像の余地を残す作風が息の長いキャラクターになっているのでは」と話す。
http://mainichi.jp/life/today/news/20100430ddm013100144000c.html

勿論、 「うさこちゃん」と「ミッフィー」が同一人物(?)だということは知っていたけれど、私に馴染みがあるのはキャラクターとしての「ミッフィー」であり、「うさこちゃん」の絵本はあまり知らない。勿論、これは私が育った家の文化資本と関係があるだろう*2。また、銀座の松屋で『ゴーゴー・ミッフィー展』をやっているのか*3。しかし、5月10日までということで、私は観に行けない。
さて、マイミクの「うさこ」さん*4はお元気かしら*5

Dick’s Vision

DAVE ITZKOFF “Publisher to Release Philip K. Dick’s Insights Into Secrets of the Universehttp://www.nytimes.com/2010/04/30/books/30author.html


1982年に亡くなったフィリップ・K・ディックが1970年代に綴った「日記」(?)Exegesisが2011年8月に刊行される見込み。曰く、


Mr. Dick, who died in 1982 at 53, was best known for existential science-fiction novels like “The Man in the High Castle,” “The Three Stigmata of Palmer Eldritch” and “Do Androids Dream of Electric Sheep?” He also spent years wrestling with what he considered to be religious visions, which he began experiencing in the 1970s. He recorded his reactions to and attempts at deciphering these spiritual visions in a work he called the “Exegesis,” reputed to be 8,000 pages — or longer.

Though few have read the work and fewer still have fully understood it, the publisher Houghton Mifflin Harcourt plans to release “The Exegesis of Philip K. Dick” in two consolidated volumes edited by Jonathan Lethem and Pamela Jackson, a Philip K. Dick scholar, with the first to be released next year.

Mr. Lethem, the author of novels like “Chronic City” and “The Fortress of Solitude,” and who has written frequently on Mr. Dick, said Thursday in a telephone interview that he hesitated to describe the original, unedited “Exegesis” as a work.

“The title he gave it, ‘Exegesis,’ alludes to the fact that what it really was was a personal laboratory for philosophical inquiry,” Mr. Lethem said. “It’s not even a single manuscript, in a sense. It’s an amassing or a compilation of late-night all-night sessions of him taking on the universe, mano a mano, with the tools of the English language and his own paranoiac investigations.”

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

また、Exegesis成立の経緯については、

In 1974, after a number of novels that explored the notions of personal identity and what it means to be human, Mr. Dick had a series of experiences in which he believed he had information transmitted to his mind by a pink beam of light. He wrote about these and similar occurrences in autobiographical novels like “Valis,” but also contemplated their meanings in personal writings that were not published.
ヴァリス (サンリオSF文庫)

ヴァリス (サンリオSF文庫)

やはり晩年の作品『ヴァリス』に繋がるものであるらしいが、『ガーディアン』の記事*1によると、既に1991年にExegesisの一部はPursuit of VALIS: Selections from the Exegesisとして刊行されているらしい。

*1:Alison Flood “Philip K Dick's visionary journals to be published” http://www.guardian.co.uk/books/2010/apr/30/philip-k-dick-visionary-journals-published

「敵」を巡って(雪斎)

承前*1

櫻田淳「政治における「敵」の三つの類型」http://sessai.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-66bb.html


http://sessai.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-4cb2.htmlに対する補足。
カール・シュミットを参照して「敵」の3つの類型について曰く、


 政治という営みの本質は、「友」と「敵」の峻別にあることを指摘したのは、カール・シュミットだった。
 忘れていけないのは、シュミットは、その「敵」を三つに分類していたことである。。
 どのように分類したのか。
 (1)*2 在来型の敵
(2) 現実の敵
 (3) 絶対の敵
 (1)は、ゲームにおける「敵」のイメージである。サッカーのチームが、相手チームの監督を「敵将」お(sic.)呼ぶイメージである。だから、「敵」に対する憎悪の感情は、ほとんどない。戦争が終われば、「敵」とも握手して別れる。

 (2)は、自分の安全や利害に対して、リアルな脅威を与えてくる「敵」である。故に、「在来型の敵」とは違って、憎悪の感情がむきやすい。野球の試合で、ビーン・ボールが投げられた途端に、乱闘に発展することがあるのは、「在来型の敵」が「現実の敵」に変わったことを例であろう。逆にいえば、「現実の敵」」が、具体的な脅威を与えないようになれば、妥協し、共存してて(sic.)いくことは可能だということになる。
 (3)は、自分が奉ずる「正義」の実現に際して、その実現を邪魔しようという「敵」である。「正義」は、妥協の難しいものである。妥協は、「正義」の純粋性を汚すものと意識されるからである。妥協のできない「絶対の敵」とは、排除するか根絶するかの何れかしかなる。それは、自分にリアルな脅威を与えているかは、あまり関係がない。フランス革命からクメール・ルージュに至るまで、幾度となく繰り返された阿鼻叫喚の風景は、この「絶対の敵」の根絶の風景である。

これに異議を差し挟むわけではないが、現実にはこれら3種類の間には連続的な移行性もあり、あくまでも理念型だということを忘れてはならないと思う。(2)だと思っているのに大衆扇動の目的で(3)が喧伝されることもある。また、フィールドと観客席の差異ということもあるか。プレイヤーは(1)だと思っているのにサポーターの方は勝手に(3)だと思い込んで盛り上がっているとか。(1)を(3)であるかのように虚構し、ファンもその虚構を虚構と知りつつついてゆくというのはかつてプロレスで散々用いられた手口。
雪斎先生の小泉純一郎弁護にちょっと突っ込んでおく。勿論、「反革命」や「非国民」と「抵抗勢力」とは言葉の歴史的重みが全然違うということはある。ただ、小泉純一郎(及びその仲間たちの)手口にかつて久野収鶴見俊輔(『現代日本の思想』)が言った意味での〈顕教密教〉構造がなかったかどうか。たしかに、高層における「密教」としては(2)に過ぎなかったかも知れない。しかし、大衆扇動用の「顕教」においては、またそれに煽られたフォロワーの頭の中においては、(3)だったのではないか、とか。
現代日本の思想―その五つの渦 (岩波新書 青版 257)

現代日本の思想―その五つの渦 (岩波新書 青版 257)

*1:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100429/1272517957

*2:原文の丸囲み数字が表示されなかったので、(1)(2)(3)に改めた。