「虚構」と「社会」

堀江敏幸「傷つきつつ読みとったもの」(in 『定形外郵便』*1、pp.102-104)


曰く、


虚構の文章を綴っていくとき、いま生きている社会の状況との連関を意識しているかどうか。意識しているとしたら、それはどの程度の深さなのか。書き手に対する問いの定型として、これまで幾度となく投げかけられてきたものだが、私はその種の質問に対して、なにをどう書こうとしても、いま現在吸っている空気が言葉と言葉の隙間に入り込まないわけはないと答えてきた。隙間どころか言葉そのものに時代が染み込んで、いつのまにか質量が変わっている場合もめずらしくないのだ。しかし、そうした変化につながる「現在の微妙な不具合」を、言葉をひとつ置いた瞬間から意識していたことがないわけではない。書かれつつある言葉がどこに向かっているのかはわからないとしても、どのような海で溺れようとしているのかについてなら説明可能なのだ。(p.102)