多分違う、など



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83年にロス・インディオスのシルヴィアとデュエットした『アマン』は元々菅原のアルバム中の一曲だったそうですが、口ずさんでみるとノリが悪い、アンサーソングなんだから女性の声が欲しい、ということになって同じ事務所のシルヴィアに白羽の矢が立ったそうです
シルヴィアが2010年に肺癌で52歳で死んだ時、「若いから進行が速かったんでしょうね」と惜しんでいたそうです

そういえば、ロス・インディオス&シルヴィアの「別れても好きな人」とヒロシ&キーボーの「3年目の浮気」を(全然曲調が違うにも拘わらず)混同することが多かった。調べてみれば、作詞・作曲が同じ佐々木勉だった*1
さて、話は変わって、Wikipediaから;

ちなみに菅原姓について菅原は、「昔僕が家族(父親など)から聞かされた話」として以下のように証言している。「菅原の姓は、大昔に政争に破れた菅原道真が京都から太宰府に下向する際、たまたまうちの先祖が自宅(現在の加古川市)で長期間宿を提供した。旅立つ前に道真公から大変感謝された先祖は菅原姓を拝領し、それから菅原姓を名乗るようになったそうです。本当の話かは分からないですけど、とりあえず僕は信じています」。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%85%E5%8E%9F%E6%B4%8B%E4%B8%80
残念ながら、これは事実ではないと思う。ここには、姓と苗字の混同がある。「菅原道真」の「菅原」は姓であり、「菅原洋一」の「菅原」は苗字である。菅原道真*2が生きていた平安時代中期にはまだ苗字は存在しなかった。居住地や領地などの地名を公家や武士が名乗り始めるのは院政期から鎌倉時代にかけての筈だ。しかし、何時頃からこういう伝承が存在するのかは興味深い。もしかして、姓がなくなり、姓と苗字が混同された明治以降? なお、お世話になったお礼に苗字と家紋の使用を許したという例としては、島津製作所の先祖の例がある*3。これは安土桃山時代の話。
なお、「菅原」は宮城県に多い苗字であり、私が知っている「菅原」さんは殆どが宮城の人である。