歴史小説家の木下昌輝氏曰く、
明治って、
— 木下昌輝@豊臣家の包丁人 11月発売 (@musketeers10) 2026年4月9日
実は 「名前の革命」 が起きた時代でもあると思うんですよね。
・氏と苗字が一本化され
・諱と仮名も統一され
・幼名は消え
・下の名前をコロコロ変える文化も終わった
つまり、
「人生の段階ごとに名前が変わる世界」から
「一生同じ名前で生きる世界」 への大転換。…
たしかに、近代以降の日本は、個人が生涯唯一の「名前」を持つ(それしか持てない)時代だ*1。
そのツィートを引用しながら、「藏狐(グスキー)ぴっぴ」という方が琉球弧の「童名」について囀っている;
琉球には元々琉球名(童名)があって、日本になってからも戸籍名の他に童名を持ってたけど、今はほぼ消えてる
— 藏狐(グスキー)ぴっぴ (@Soda_Limer) 2026年4月9日
だけど例外があって
宮古島だと年配者はまだ童名が残ってて、年配者同士だと戸籍名じゃなく、童名で呼び合うことがまあある
そして極付は与論島
今も小学生世代で8割近くが童名を持ってる https://t.co/1AlcQ7iSUT pic.twitter.com/PA3aoARizw
小学生世代ですら8割近いのでそれより上はほぼ持ってるという
— 藏狐(グスキー)ぴっぴ (@Soda_Limer) 2026年4月9日
もちろん、戸籍名は固定だし、童名も一生同じのを使うので、やまとと同様に明治以降に名前が固定されたってのは一緒だけどね
まだ地域単位で名前が2つあるところが日本にあるってのが素敵だなと思うんですよ。https://t.co/GdYgDPOkwR
補足しておくと
— 藏狐(グスキー)ぴっぴ (@Soda_Limer) 2026年4月9日
大昔は元々琉球の童名だけだった
例、タルー、マチガニ、トゥクーなど
中国との関係や血縁の整理の中で唐名というものが成立
例、呉象賢、毛見龍など
日本との関係や士族が増え家系を整理する中で大和名が成立
例、具志堅親方文若、嵩原親方安依など
と名前が3種類あった
童名と言いつつ、普段の会話は童名が基本で、そもそも士族以外は童名だけしか持ってない
— 藏狐(グスキー)ぴっぴ (@Soda_Limer) 2026年4月9日
沖縄の士族は童名、大和名、唐名
離島の士族は童名、大和名
平民は童名
を持ってる
基本的に明治になるまで平民の名前=童名なので、単に名(なー)、神名(かㇺなー)、家名(やーなー)とも言われた
なので、私は童名という名称すら統一的な名称としてはどうだろうと思っている
— 藏狐(グスキー)ぴっぴ (@Soda_Limer) 2026年4月10日
だって、多くの人が一生童名だもん
今現在でも、高齢者だと童名がそのまま戸籍名になってる人もいて、その人の名前を童名と言えるのか?
という疑問がある
因みに明治以降では地域によっては
— 藏狐(グスキー)ぴっぴ (@Soda_Limer) 2026年4月10日
童名を「ヤー(ヌ)ナー/家(の)名」
戸籍名を「ガッコー(ヌ)ナー/学校(の)名」
と言い分けてた
つまり、戸籍に登録する大和名は学校など公的機関でしか使われない名前という認識だったということ
実例を挙げると
— 藏狐(グスキー)ぴっぴ (@Soda_Limer) 2026年4月10日
・沖縄
トゥクー、マツー、タルー、ジラー、カナー、ウトゥー、ンダル、カマドゥー、ナビー、ウシなど
・宮古
カーミ、マサイ゚、ユヌス、カンドゥヌ、マツカニ、カニミガ、ミガンサ、ンギャなど
・八重山
チル、モーサ、サンダ、イシトゥ、ミツケー、ウナリ、マイチ、ピサなど
与論島の童名(やーなー)は、基本男の子は、祖父や曽祖父等から貰って、女の子は、祖母や曾祖母から貰うのは凄く面白いなと現地の方に聞いた時思いました。
— 沖縄の神人【トキ】 觀耀(かんよう) (@Kanyou358) 2026年4月10日
沖縄の歴史を学び始めた人は、童名=子どもの時だけの名前と認識してこんがらがう人が多くて、歴史上の人物を調べる時の落とし穴ですよね💦
祖父母や曽祖父母からもらうのは、原則として、琉球中がそうなってますね
— 藏狐(グスキー)ぴっぴ (@Soda_Limer) 2026年4月10日
例外で、祖先の中から籤で決める、ユタが決める、一番初めに遭遇した人の名前をつけるなどがありますが
例えば、国王の童名が失伝せず連続してわかる尚豊王以下がこんな感じです。なお、第二尚氏の国王19代で童名7種のみです pic.twitter.com/GUfAYDb5tn
なるほど幼名をヤーナーと読むわけですね
— タチイタチ (@410kamaitachi) 2026年4月10日
童名はワラビナー、ヤラビナーと呼びます。まあ他にも大和名や唐名を持っていた士族的な呼び方ですね。
— 藏狐(グスキー)ぴっぴ (@Soda_Limer) 2026年4月10日
平民は童名しかないので、単に名(ナー)と言ったり、神名(カㇺナー)、島名(シマナー)、そして家名(ヤーナー)と言ってました。
家名でヤーナー、与論での呼称です。
See also
赤田の備忘録「【歴史】琉球の名前(童名)について」https://note.com/akd_f0506/n/n69595ab1d289
琉球の「童名」というのは、ヤマトにおける通称(官途成は除く)と似ているようだ。例えば、
太郎、一郎、二郎(次郎)、三郎、四郎、五郎
など。勿論、琉球の「童名」は生まれて直ぐに与えられる。ヤマトの「 童名」(幼名)の場合、梵天とか多聞とか日吉といった神仏、虎や獅子といった強い動物の加護を求めるといった呪術性があるけど。
琉球の「童名」は大藤修『日本人の姓・苗字・名前』では「個人名」と呼ばれている*2;
琉球の伝統的人名は屋号と個人名からなる。屋号は屋敷を含む住居を指す標識であり、地域社会においては世帯や家族を特定する機能を果たしていた。一方、個人名は生涯使用する名前で、主として祖父母の名前を継承して命名され、長男・長女以外については、傍系親族に拡大するか、あるいは祖父母の上の世代の先祖にさかのぼって、特定人物の名前を継承した。
父方・母方の祖名を継承した点が特徴であり、琉球社会がもともと双系的な親族関係を基礎とする社会であり、双系的な先祖観を持っていたことによるとされる。(pp.167-168)
*1:にも拘わらず、その一方で、強制的な夫婦同姓制度が行われ、強制的な改姓を余儀なくされている。しかし、その場合でも改姓は強制されるが、下の名前は生涯不変が要請される。
*2:Cited in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/11/23/114245
