(一昨年の囀りだが)中原鼎氏曰く、
かつて韓国・済州島に「耽羅国」という王国があって王が「星主」というカッコイイ独特な称号を有していたことはわりと有名な話だと思うが、その末裔が日韓併合後に朝鮮貴族として日本の華族に列したのは知らなかった。星主の血筋ってそこまで続いていたのか。 pic.twitter.com/12AOjuBcCF
— 中原 鼎(皇室・王室ライター) (@NAKAHARA_Kanae) 2024年7月24日
伝説によると、建国三神人の子孫である高氏の三兄弟が新羅国に朝貢して、「耽羅」の国号とそれぞれ「星主」「王子」「徒上」の称号を賜ったという。
— 中原 鼎(皇室・王室ライター) (@NAKAHARA_Kanae) 2024年7月24日
ある時「客星」が現れたのを、新羅の天文方は異国人来朝の兆しと考えた。そして、じきに接触してきた耽羅の高氏に「星主」の号を与えたのだとか。
この高氏の子孫にあたるのが、朝鮮貴族の高義敬。日韓併合後に子爵位を賜り、李王職事務官として旧韓国皇室たる李王家に奉仕した。
— 中原 鼎(皇室・王室ライター) (@NAKAHARA_Kanae) 2024年7月24日
王世子李垠の教育に功労があったとして、大正9年4月28日――李垠と梨本宮家の方子女王の婚儀当日――に陞爵の沙汰が出て伯爵になっている(『経済時報』第203号)。
「新羅の時、天文を司る官吏が、客星帝座に現はれしを観、是れ異国人来朝の兆なりと奏し、後果して耽羅より朝貢した、王之れを嘉し高姓の人に、星主の号を賜はつた。伯爵高義敬氏は其後裔である」
— 中原 鼎(皇室・王室ライター) (@NAKAHARA_Kanae) 2024年7月24日
――『通俗朝鮮文庫 第4輯』(自由討究社、大正10年)92頁。
「高義敬」は正しくは「高羲敬」。ちょっと誤解してしまった。「高羲敬」は別に済州島*1の旧「星主」として日本の華族に列したわけではないんだ。父親の「高永喜」が大韓帝国(朝鮮王国)の高官で、日韓併合に伴って「子爵」に列せられ、1916年に「永喜」が死んだ後、「羲敬」がその爵位を継いだに過ぎない。尚、「高永喜」はソウル生まれで、その生涯の裡で済州島で暮らした形跡はない*2。
shionandshieun「どなたか祖母の話を調べてくれませんか?」https://shionandshieun.hatenablog.com/entry/2026/02/27/225829
たしかに、「高永喜」の時代には「耽羅」という王国は既になく、支配者としての「星主」もいなかった*3。しかし、中央から派遣された役人は名目的で、実際は「星主」の家系の者が牛耳っていたということは十分に考えられることだ。この問題については、さらなる知見を俟ってペンディングとすべきであろう。
あんたのおばあちゃんのおじいちゃんは済州島の王さまで、占いをしたり、島のひとに文字やことばを教えたりしていたみたいよ。村ごとに奥さんと2〜3人の子どもがいたらしいね。正式な奥さんはたしか5人で、そのひとたちのあいだには50人ぐらいの子どもがいたようだよ。あんたのおばあちゃんは小さいころ、そのおじいちゃんの膝の上にずっと座ってたんだって。おじいちゃんが占いをしているときも、島のひとから相談を受けているときも。跡継ぎだったから学校には行かなかったみたい。
済州島で虐殺が起きる前に、おばあちゃんとおなじお母さんのお兄さんから「お前は済州高氏の本家の長女。いずれは島を継ぐんだから早く逃げろ。そして、日本で血を残せ」といわれて逃げたんだって。おばあちゃんが焼肉屋なのに料理できなかったのはお嬢さまだったからかねぇ。
おばあちゃんの家族はあの事件でほとんど殺されたそうだよ。貧乏なのに法事に熱心だったのはそのせいかもね。
父方の祖母の来歴は母からしょっちゅう聴いています。まとめれば、「父方の高祖父は済州島の支配者で祖母は後継者だったけど、虐殺事件から逃げるために日本へきた。祖母の家族のほとんどは4・3で殺された」でしょうか。
有難うございます。星主の存在や朝鮮王国に同化した歴史は知ってます。祖母はソウルからきた州牧は象徴で、実際は星主の子孫が島を支配していたといってたらしいです。 https://t.co/iBuFxyIJLu
— sion (@zionsion) 2026年3月2日
「済州島」「4・3」については、朴沙羅『家の歴史を書く』も読んだことがあるけれど、「星主」についての言及はなかった。これは「高」ではなくて、「朴」姓の人の「生活史」だからだろう。でも、Wikipediaによれば、「済州特別自治道では済州髙氏が金海金氏に次ぐ2番目に大きな氏族である」という*4。そして、「済州髙氏」の血筋は意外な(意外ではないか)ところに流れているのだった。金正日の愛人で金正恩の生母である高容姫は大阪生まれだが、その父祖は済州島で「済州髙氏」に属しているのだった*5。
*1:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20080821/1219323529 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20090319/1237492819 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20090727/1248634457 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20090803/1249320730 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20100115/1263535141 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20100518/1274141582 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/02/09/011044 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/05/23/142318 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/06/30/093704
*2:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%B0%B8%E5%96%9C https://baike.baidu.com/item/%E9%AB%98%E6%B0%B8%E5%96%9C/16273057
*3:See eg. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%80%BD%E7%BE%85
*4:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%88%E5%B7%9E%E9%AB%98%E6%B0%8F
*5:See https://zh.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%AE%B9%E5%A7%AC
