隠された出雲

佐伯剛*1「武蔵国に刻まれた「摂理」の設計図:渡来の知性と聖域の配置」https://kazetabi.hatenablog.com/entry/2026/03/02/162404


曰く、


武蔵国には、一の宮から六の宮まで、六つの代表的な神社があり、それらをひとまとめにしている総社が、現代の大國魂神社(東京都府中市)です。
 大國魂神社は、かつて国府があった場所に鎮座しています。
 大國魂神社によれば、一の宮は、聖蹟桜ヶ丘の小野神社(府中市の小野神社だという説もある)、二の宮は、あきるの市の二宮神社。この神社は、多摩川と秋川の合流点に鎮座し、アラハバキ神(門を守る客神=先住の神)の聖域でもあります。
 三の宮が、さいたま市の氷川神社、四の宮が、秩父神社*2、五の宮が、金鑚神社(埼玉県神川町)、六の宮が、横浜の杉山神社です。
 武蔵国を治めていた武蔵氏は丈部氏が賜った名であり、この丈部氏が奉賽したのが氷川神社。氷川神社は、武蔵国のなかでも多摩川の北側に集中的に築かれています。
そして小野神社は、多摩川の南側一帯の小野郷を拠点としていた小野氏が奉賽していた神社。
「武蔵国」を語るのに全然〈出雲〉が言及されていない。「大國魂神社」*3の祭神「大國魂大神」はオオクニヌシと同一視されており*4、大宮の「氷川神社」*5の祭神はスサノオである。原武史氏の『〈出雲〉という思想』によれば、旧武蔵国である東京都と埼玉県は(島根県を除けば)全国で最も「氷川神社」が多いのだった*6。「武蔵氏」も「丈部氏」もそもそも「无邪志国造」(「武蔵国造」)であり、他の関東の諸々の「国造」と同様に出雲国造と同族なのだった*7