『a mass』の記事;
「 ジンギスカン」というと思い出したのは賈樟柯の『プラットホーム(站台)』*3なのだった。「ジンギスカン」は曲名であるとともにグループ名でもあったのね。
「ジンギスカン」「めざせモスクワ」 ジンギスカンのリード・ヴォーカル ヴォルフガング・ハイヒェル死去
2026/02/13 12:49掲載
「ジンギスカン」「めざせモスクワ」などのヒットで知られる、ドイツのポップ/ディスコ・グループ、ジンギスカン(Dschinghis Khan)*1でリード・ヴォーカルを務めたヴォルフガング・ハイヒェル*2が死去。彼のSNSアカウントで彼のマネジメント会社が「2026年1月20日に自宅で急逝した」と発表。75歳でした。
マネジメント会社は声明で「ジンギスカンのカンは天国の扉を叩き、その門をくぐった。しかし彼は音楽の中で生き続けるだろう」とも述べています。
ヴォルフガング・ハイヒェルはドイツのマイセン生まれ。1979年、ポップミュージックプロデューサー兼ヒットメーカーのラルフ・シーゲルと出会い、シーゲルを中心に結成されたジンギスカンに加入。彼の元妻であるヘンリエッタ・ハイヒェルもグループの一員だった。
彼らは1979年、ヨーロッパ最大級の音楽祭「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」にドイツ代表として出場して4位入賞を果たしたことで、数百万の視聴者に知られる存在となり、「ジンギスカン」「めざせモスクワ」などの楽曲で世界的な成功を収めた。
グループは1985年に解散したが、2005年に再結成された。再結成後、ハイヒェルはしばらくジンギスカンのメンバーとして活動するが2014年に脱退し、別の「ジンギスカン」として活動した。
ハイヒェルはジンギスカン以外でも作曲家、プロデューサーとして活躍した。
また、音楽活動の枠を超えて人道支援にも力を入れ、モンゴル政府から文化大使に任命され、外国人に贈られる最高位の「友好勲章」を授与された。
名曲「ジンギスカン」ボーカルのヴォルフガング・ハイヒェルさん死去
— 徳重龍徳|ライター/友達がいない人 (@tatsunoritoku) 2026年2月13日
そもそも「ジンギスカン」ってどんな歌詞だろうと翻訳したら、想像以上に荒くれ者な歌詞で、北海道名物ではなく、やっぱりモンゴル草原な歌だった。
ちなみに2番は次に貼るけれど、やばい。今は無理な歌詞。 pic.twitter.com/0Pg6hZhuMt
— 徳重龍徳|ライター/友達がいない人 (@tatsunoritoku) 2026年2月13日
コレをモンゴルでカバーしたのがカッコ良すぎたwhttps://t.co/grOAAYuBjE
— クジャクオオカミ (@peacockwolfs) 2026年2月13日
ハイヒェルさんが心を入れ替えて(?)作成した「シン・ジンギスカン」も見てくれ。モンゴルの自然・モンゴル文化へのリスペクト満載でカッコいい。https://t.co/xJpriAaZRu
— HappyMan「吠える」 (@nossie1967) 2026年2月13日
See also
“Great sadness for the singer of the cult band Dschinghis Khan” https://www.bluewin.ch/en/entertainment/blue-music/great-sadness-for-the-singer-of-the-cult-band-dschinghis-khan-3095208.html
*1:https://dschinghis-khan.com/ See eg. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%AE%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%B3_(%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97)
*2:https://www.instagram.com/wolfgang_heichel_original/
*3:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20080428/1209404886 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110330/1301461024 See eg. 国貞泰生「ジャ・ジャンクーの『プラットホーム』の青春群像」https://note.com/719hideyosi/n/nda2c66ba146e
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