久米宏

TLが「久米宏*1でいっぱいだった。
スポーツニッポン』の記事;


久米宏さん死去 81歳 好物サイダー一気飲んで旅立つ 妻・麗子さん「最後まで“らしさ”を通した」
[ 2026年1月14日 05:10 ]

久米宏さん死去 81歳


 TBS「ザ・ベストテン」やテレビ朝日ニュースステーション」で知られるキャスターの久米宏(くめ・ひろし)さんが1日、肺がんのため死去した。81歳。埼玉県出身。葬儀は近親者で行った。所属事務所が13日、公表した。TBSアナウンサーからフリーに転身。「ニュースステーション」では“物言うキャスター”として報道番組の新しいスタイルを確立。日本の放送史にも大きな足跡を残した。

 「久米は、最後まで“らしさ”を通したと思います。大好きなサイダーを一気に飲んだあと、旅立ちました。まるでニュースステーションの最終回でビールを飲み干したあの時のように」

 学生時代に知り合って結婚し、長年、久米さんのスタイリストも務めていた妻の麗子さん(80)は事務所と併せて発表したコメントで、最期の様子を明かした。2004年3月26日、18年半続いた「ニュースステーション」の最終回、久米さんは番組最後に「自分へのご褒美」と瓶ビールの栓を抜き、コップ1杯をグビグビ。「本当にお別れです。さようなら」と締めた。

 20年6月にTBSラジオ久米宏 ラジオなんですけど」が終了した後の21年、「ドクターストップで、完全禁煙の身になった」と明かしていた。早大時代に同じ学生劇団で舞台に立ち、60年来の友人の田中真紀子元外相は13日、日本テレビ「情報ライブ ミヤネ屋」の取材に、昨年末電話で話し、「4カ月くらい前からほとんどしゃべれず、飲めず、病院を回っていると奥さんがおっしゃっていました」と明かした。

 久米さんは早大卒業後の67年、TBSに、志望ではなかったアナウンサーとして入社。胃腸の病気や結核を患ったことで、当初はアナウンサーの仕事はほとんどなかった。転機は70年5月に始まったラジオ番組「永六輔の土曜ワイドラジオTOKYO」でワンコーナー「久米宏のなんでも中継!!」。町中の気になる物をリポートする企画で、電信柱の製造過程などを「声」だけを武器に伝えた。大人気コーナーとなり、それを耳にした萩本欽一(84)の推薦もあって、クイズ新番組「ぴったしカン・カン」の司会に決まった。75年に始まった同番組は最高視聴率37・6%を記録。78年には黒柳徹子(92)とコンビで「ザ・ベストテン」の司会に抜てき。最高視聴率は41・9%(81年9月)と伝説の音楽番組となった。

 79年に退社し、フリーに。85年に、テレビ朝日の報道番組「ニュースステーション」のキャスターに就任。軽妙な語り口でニュースを伝え、個人的な意見も添える“物言うキャスター”像を生み出した。戦後社会で育ち「誰もが自由にものを言える社会」を理想とする価値観を持ち、常に視聴者の代表として権力に対峙(たいじ)した。

 久米 宏(くめ・ひろし)1944年(昭19)7月14日生まれ、埼玉県出身。67年、早大政経学部卒。同年、TBS入社。著書は麗子さんとの共著「ミステリアスな結婚」など。
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2026/01/14/articles/20260114s000413H4007000c.html

ところで、『あまちゃん*2で(『ザ・ベストテ』を司会する)久米宏の役を糸井重里が演じたことは、今回殆ど言及されているのを見ることはできなかった*3See also


久米宏死去」https://kojitaken.hatenablog.com/entry/2026/01/14/075258