(前略)フッサールが提案した現象学の方法とは、端的に言えば、孤独になるための方法だったのである。孤独な状態をほかの誰かと分かち合うことはできないが、孤独になるための方法はみんなで共有することができる。フッサールは、哲学をするときに、少なくともいったんは孤独に向き合わねばならないと考えていた。(p.33)
ただしフッサールは、「孤独」という言葉を単なる感傷的な意味でのみ用いているわけではない。むしろフッサールが語ろうとしていたのは(略)「比類のない哲学的孤独」であった(略)
この孤独は、フッサールの現象学の方法が、さまざまなものの現れを論じるための出発点として要請するものである。そのように現れるもののなかには、リンゴや色鉛筆のような物体や道具だけでなく、他者も含まれている。だとすれば「比類のない哲学的孤独」とは、他者が現れて私と出会うという秘密を解き明かすためにも、私がまずもって閉じこもるべき領分であると言える。フッサールの現象学において、孤独になることと他者に向き合うことは、表裏一体の出来事なのである。(p.34)
