須原一秀という人は知りませんでした。
id:lavenderkun
そうか、江藤淳、、、
日本人では他に須原一秀を挙げてましたが
江藤淳はメジャーな人なのに、AIも灯台下暗しなんでしょうか
というわけすか。
現代を肯定的に捉え、哲学的思索に裏打ちされた社会思想研究を行う哲学者であったが[要出典]、本人の遺著『自死という生き方』によれば「一つの哲学的プロジェクトとして」、2006年4月、自宅近くの神社にて自殺した(65歳没)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%88%E5%8E%9F%E4%B8%80%E7%A7%80
あと、「哲学者」といえるかどうかは微妙ですが、〈自死〉を遂げた人として、マルクス主義者の対馬忠行がいます。
また、『資本論』を翻訳したマルクス経済学者の岡崎次郎*1は〈自死〉したかどうかは公式にはわからないのだった。
1979年4月11日、神戸発別府行きの関西汽船の旅客船「むらさき丸」に乗船中、淡路島江埼灯台西南西約13キロメートルの播磨灘辺りで入水自殺。遺体は4カ月後の8月11日、神戸港沖約8キロメートルの海上で貨物船の船員に発見され、引き上げられた。既に白骨化していたが、相原茂(元東京大学教授)から対馬宛ての年賀状が腹巻に挟まっていたため、対馬の遺体と推定された]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BE%E9%A6%AC%E5%BF%A0%E8%A1%8C
See also
1983年(昭和58年)に青土社から出版した『マルクスに凭(もた)れて六十年 自嘲生涯記』という自伝で向坂逸郎を批判。本書を友人・知人らに献本し、さりげなく別れの会を持った岡崎は、「これから西の方へ行く」という言葉を残して、80歳となる直前の翌1984年(昭和59年)6月6日からクニ夫人とともに死出の旅に出た。全ての家財を整理し、東京・本郷の自宅マンションを引き払った夫婦の足取りは、品川のホテルに投宿したのを皮切りに、伊豆の大仁温泉・浜松・京都・岡山・萩・広島などを巡ったことがクレジットカードの使用記録から確認された。そして同年9月30日に大阪のホテルに宿泊したのを最後に足取りが途絶え、現在でも生死は確認されていないという(2025年7月現在、失踪宣告がなされているかどうかは不明である)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E5%B4%8E%E6%AC%A1%E9%83%8E
はむっち@ケンブリッジ英検「須原一秀『自死という生き方』読んでみた」https://note.com/bosszaru21/n/n33e9ee1e009d
Tokume-Writer「岡崎次郎夫妻失踪事件」https://clairvoyant-report.com/2023/09/09/%E5%B2%A1%E5%B4%8E%E6%AC%A1%E9%83%8E%E5%A4%AB%E5%A6%BB%E5%A4%B1%E8%B8%AA%E4%BA%8B%E4%BB%B6/