また、
「現象」と言うと少し堅苦しい感じがするが、「現象」とは、言いかえれば「現れ」のことである。(略)見上げた空に浮かんでいる雲は、白い色やモコモコした形として現れている。いつも顔を合わせるあの人も、日によって色々な服装で、私に対して姿を現している。
このように私の身の回りの人びとやものごとは、何らかの仕方で現れることがないかぎり、具体的な相貌をとって私と出会うことがない。(略)私がそれらの人びとやものごとと出会っているということは、それらが私にとって現れているということである。現れのすべてが何かとの出会いであり、出会いのすべてが何かの現れなのである。
さらに言えば、現象学が扱う現れは、視覚的な現れだけにかぎられているわけではない。ふと吹き寄せてくる風は、肌を撫でる感じや冷たい感じとして現れている。どこかの家から聞こえてくるピアノの音は、それを演奏している誰かと、遠くからそれを聞いている私とのあいだでは、違った聞こえ方で現れている。(略)ひとまずここで確認しておきたいのは、何かが現れるということが、とても身近で多様な出来事であるということだ。(pp.10-11)
(前略)現象学は、経験に沿って進められる。そしてここで念頭に置かれている経験とは、何かが私に対して現れ、私がそれと出会う場面のことである。現象学は、普段の私の生活のなかで何が起きているのかを描き出し、そこにおいて私が人びとやものごととどのように出会っているのかを明らかにしようとするのだ。(pp.11-12)
