「圧」あり

matsudama「特殊な街だった。」https://matsudama.hatenablog.com/entry/2025/09/26/224838 *1


「東京では整形する圧が強いらしい 」。
「整形する圧」が描かれているのは、例えば川上未映子「あなたの鼻がもう少し高ければ」*2(in 『春のこわいもの』、pp.19-67)という短篇。


整形手術が、ある種の惨めさとともに見世物であった時代は終わり、女の子たちの術後、術前のせきららな公開や、ダウンタイムに耐える姿と詳細なレポートは輝かしい戦歴の証、そのものになった。トヨ*3にとっては眩しさそのもの。理想の首根をつかんだら最後、文字通りの満身創痍で正々堂々とおのれと戦い、そして血まみれの勝利を手にして快哉を叫ぶ姿は憧れだった。(p.28)

(前略)
しばらくして、チャンリイが画面に目をやったまま言った。
「ちなみに。整形ってしないんですかー」
えっ、と声が出て、トヨは打たれたように背筋を伸ばした。
「あっ、めちゃくちゃ興味はあります」
「どこ?」
「あっ、クリニックですか?」
「違う、顔のどこ?」
「あ」トヨは唇を舐め合わせた。「えと、理想っていうか、あの、それはあることはあるんですけど、まずクリニックに行って相談して、全体見てもらって、どこをするのがいいか一書にまず決めるっていうか、そんなふうに考えてて……っていうのは、全体の費用感とかもあると思ってて」
「ふつう、それ終ってから来ない?」
「えっ」
「だから、来るなら、顔ちゃんとしてから、来てほしいんだけど」
チャンリイは目だけちらっと動かしてトヨを見た。
「なんでブスのまま来てんの?」
トヨは、腹の奥のほうから恥ずかしさが熱の塊のようになって、体の内側をせりあがってくるのを感じた。
(略)
「えと、費用感っていうか、えっと、調べてはいるんですけど、かなりお金もかかるみたいで、そのために、えと、今回頑張らせてもらえたらいいなって、そんなふうに思って」
「いや、逆でしょそれ」
「えっ」
「それってさ、大学はいる金がないから、まずグーグル入って稼ぎたーいとか言ってるのとおなじだよ。意味わかる?」
チャンリイは鼻で笑った。
「金がないなら借金するか、ブスでもできる仕事して稼いで、まず整形でしょ」
トヨはチャンリイの言葉に黙った。
「っていうか、それっきゃなくない? 芋ブスでも穴モテするとこ見つけてやるっきゃなくない? ぜんぶ順序が逆なんだよね。っていうかさ、クリニックで相談しますって、顔みたらどこやんなきゃいけないとか明らかだと思うんだけど? まず口ゴボ、それから鼻っしょ。そんなわざわざ相談するまでもなくない?」
(後略)(pp.44-47)