「廃墟」の話をしたのだけど、「「廃墟」趣味というのは抑々は独逸や英国の浪漫主義に由来するものであり、その意味では、例えば土井晩翠の「荒城の月」とかも実はけっこうハイカラなのだ」と書いたのだった*1。ただ、その時、『光る君へ』*2においてまひろと藤原道長が密会するトポスとしての廃邸というのをすっかり失念していた。「荒城の月」が西洋の浪漫主義にインスパイアされた仕方で照っているのは事実だとしても、日本独自の〈廃墟の美学〉というのを無視するわけにはいかないだろう*3。ただ、こうしたruined villa of Lady Murasakiだって、浪漫主義者の心には刺さるはずなのだけど。
「ドラマ美術の世界 ~まひろと藤原道長が逢瀬を重ねた「廃邸」」https://www.nhk.jp/p/hikarukimie/ts/1YM111N6KW/blog/bl/ppzGkv7kAZ/bp/pXjNBZPdpX/
油原聡子「まひろと道長が逢瀬に使った「廃邸」 身分差飛び越える別世界を表現 源氏物語から着想」https://www.sankei.com/article/20240527-35YB4DL3GRE25PZRWKCSCBOYI4/
美間実沙「【光る君へ】スタジオセット制作秘話②―廃邸― 『源氏物語』「夕顔」の要素をふんだんに あのラブシーンの裏話も」https://artexhibition.jp/topics/news/20240524-AEJ2078455/
ところで、『光る君へ』の清少納言(ファーストサマーウイカ)が傷ついた中宮定子(高畑充希)を癒すために『枕草子』の執筆を開始する長尺のシーンが感動的だ評判である。紫式部の助言によって『枕草子』は書き始められたという大胆な史実無視と『枕草子』は定子を癒すために書き始められたという重要な学説のブレンド。私も感動したけれど、何故誰もがかくも容易く感動することが可能なのか。ここでは、これは学校教育のおかげであると言っておこう*4。日本人なら誰でも中学や高校の国語の授業で『枕草子』を習う。春は揚げ物。多くの人はそんなの忘れてしまっているかも知れないし、そもそも古文の授業中に寝ていたという人も少なくないだろう。しかし、「清少納言」や「枕草子」という固有名詞、或いは「春はあけぼの」とか「冬はつとめて」といった断片的なフレーズは記憶のどっかに留められているのでは? そのような記憶が四季のイメージの映像や定子の表情の変化などとシナジーを起して、感動が起きる。多分、日本の学校教育を通過していない人は、四季のイメージが綺麗だなと思うかも知れないけれど、感動には至らないのでは?
石川友里恵「光る君へ:「枕草子」誕生秘話が鳥肌モノ!「涙が止まらない」と猛反響」https://news.yahoo.co.jp/articles/12742b1f95d4f2096971c654e395f000e5822cf3
ぬえ*5「考察『光る君へ』21話 中宮(高畑充希)のいる世界の美しさを謳いあげた『枕草子』は清少納言(ファーストサマーウイカ)の「光る君へ」」https://croissant-online.jp/life/220151/
岡部匡志「【光る君へ】第21回「旅立ち」回想 大河ドラマ史に残る名シーン「枕草子誕生秘話」 傷心の定子を癒す優雅で感傷的な言の葉の世界 清少納言の真心とまひろの絶妙のアシスト」https://artexhibition.jp/topics/news/20240525-AEJ2067706/
さて、『枕草子』を巡るエピソードから、石山寺で藤原寧子(右大将道綱母)がまひろに書くことで悲しみや痛みを癒したと語るエピソード*6を想起した人も少なくないのでは? そういえば、ハンナ・アレントは『人間の条件』第5章「行為」の冒頭に、”All sorrows can be borne if you put them into a story or tell a story about them.”というアイザック・ディーネセンの言葉を引用しているのだった(p.175)*7。
*1:https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/05/27/132526
*2:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/05/12/164513 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/04/29/215807 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/01/29/153208 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/04/05/121633
*3:これは恐らく〈隠者の美学〉とは別物と言えるだろう。
*4:See also 宮路美穂「NHK大河「光る君へ」3分10秒セリフなしの渾身「枕草子」シーンに落涙 そして舞台は越前へ…第22回みどころ」https://news.yahoo.co.jp/articles/a68bb967bf5672882949759a960f18ada26f51cd
*5:https://note.com/nuetwt2023 https://twitter.com/yosinotennin See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/11/01/110620 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/04/29/215807
*6:See eg. 「「光る君へ」石山寺邂逅「源氏物語」後押し?まひろ&蜻蛉日記・道綱母 ネット作劇絶賛「ドラマチック」https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2024/04/14/kiji/20240414s00041000420000c.html
*7:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20060829/1156827266