その頃

承前*1

亮「出版随想」『機』(藤原書店)381、p.32、2023


エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリについて。
ところで、この「亮」=藤原良雄(藤原書店社主)ということでよろしいのだろうか?


又、大切な人を失った。フランスのアナール派の第三世代の旗手であり、歴史学の巨人、エマニュエル・ル=ロワ=ラデュリ氏。享年九十四。
今から四十五年前、名著『ナポレオン』『秩父事件』などで知られる歴史家、井上幸治氏*2から、千頁を超える大著を二冊手渡された。「今貴方がお考えのマルクス主義的ではない歴史観は、この本に出ています。訳者ともよく相談され、貴方の希望を訳者に伝えたらいい」と。E・ル=ロワ=ラデュリ著『歴史家の領域I・II』(一九七三・一九七八)。
早速、当時気鋭の樺山紘一*3に相談する。樺山宅で約一時間余り、原書全体を五分の一にセレクトして、翻訳して三〇〇頁位にして頂くことをお願いする。翻訳期間は約一年。五人の共訳者が決まった。そして一九八〇年一二月に『新しい歴史』として出版された。翌一月、朝・毎・読の各紙は同時に、本書を書評欄で大きく紹介した。反響は凄まじかった。この直ぐ後だったか、樺山さんを通じて、井上幸治氏と師弟関係の二宮宏之さんからテーマ別の「アナール論文集」を出版したいという申し出があり、福井憲彦氏も参加され、四人で二宮宅で何回か編集会議をした。それが、『叢書 歴史を拓く アナール論文選』全四巻に結実。八二年六月から刊行を開始。因みに、二宮宏之氏は、ラデュリ氏とは昵懇の関係、それ以降、何冊のアナール派の仕事を紹介してきたか、数えられないほどだ。
藤原書店は「新評論」という出版社の編集者だった藤原良雄氏が1990年に独立して設立されたので、ここで語られていることは、藤原書店以前の話ということになる。
さて、

最後にお会いしたのは、二〇一八年一二月、拙がアカデミー・フランセーズから「仏語仏文学顕揚賞」受賞で渡仏した際、ランチをご一緒した。目がご不自由で奥様に手を引かれてレストランに来られた。最後に「先生の『歴史とは何か』を出版させて頂きたい。口述でもいいですよ」とお願いすると、にやっと笑われたが、もう齢九〇を目前にしてその力は残っていなかったのだろう。近くのアパルトマンに、雨に打たれながら奥様と相合傘で帰ってゆかれるお姿が今も目に焼き付いている。ありがとうございました。合掌。