折り重なる

生野由佳*1「「複雑性PTSD」の生きづらさ」『毎日新聞』2021年12月25日


複雑性PTSD*2の治療を受けている」作家の小林エリコさん*3について。この記事が出た頃、小室眞子さんが「 複雑性PTSD」と診断されたことが話題になっていた。


(前略)会社員の父親、専業主婦の母親、3歳年上の兄の4人家族。小学2年のころ、同じ部屋で寝ていた兄から体を触られるようになった。服を脱がされて股間に顔をうずめてくる兄の姿は今も脳裏から消えない。
行為が約1年間続いた後、両親がその瞬間を目撃した。「父親は兄を殴りつけ、母親は怒鳴って泣き、修羅場でしたね」。行為は止まったが、その後も、兄に体を触られたり着替えをのぞかれたりといったことは続いた。小林さんは風呂に入らなくなった。体が臭ければやめるだろうと思い至ったからだ。
兄からは、殴られたり腕を引っ張られたりといった暴力も受けた。だが母親は、兄に殴るのをやめるようにとも、小林さんに入浴するようにとも言わなかった。「母親は私に無関心でした。愛されているという感覚がありませんでした」
父親は毎夜、酔っ払って帰宅。浮気やギャンブルで、母親とはけんかが絶えなかった。怒鳴り合う声や殴られて泣き叫ぶ母親の声を聞き、ふすま1枚挟んだ隣の部屋で、おびえながら眠りについた。

学校では同級生からいじめを受けた。汚いから近づくな、ばい菌、ブスなどと言われ、友達はいなくなり、卒業アルバムのメッセージにまで悪口が書かれた。
体調不良が続いて学校を休みがちになり、高校時代に精神科にたどり着く。短大を卒業後、1人暮らしを始めたが、仕事が激務で精神的に不安定になり、実家に戻った。病院を転々としたが「うつ病統合失調症など、診断名がコロコロと変わりました」。
精神科のデイケア(通所リハビリテーション)に通い、生活保護を受給して自立を試みたが、交際相手からは家庭内暴力(DV)を受けた。
2015年9月、誰かに見張られているという強い妄想に襲われた。裸足で家を飛び出し、友達の家に押しかけた。タクシーに無賃乗車し、近くの老人ホームに侵入。通報され、迎えに来た母親を馬乗りになって殴った。警察に保護され、措置入院となった。過去の性的虐待を涙ながらに主治医に打ち明け、こう告げられた。「あなたは精神疾患ではない。長期にわたる虐待のトラウマからなる『複雑性PTSD』でしょう」
退院後は実家を手で、家族とは疎遠になったが、小林さんの症状は続く。夜になると不安になり、体がこわ張って眠れない。入浴後、ずぶぬれのまま衝動的に母親に電話し「なぜあの時、助けてくれなかったのか」と責め立てることもある。毎日、十数個の服薬は欠かせない。
小林さんは今、つらい記憶を呼び覚ますことで脳内での記憶を整理し、心身の過剰反応を防ぐことを目指す治療を受けている。約2年前に現在のパートナーと出会った影響も大きい。症状が治まる寛解にはほど遠いが、「ずいぶんと落ち着いたとは思います」と小林さんは言う。

最近になって、ずっと不思議に思っていた謎が一つ解けたという。
「私は長い間、死ぬことばかり考えていました。なぜ、周囲はみんな普通に生きているのだろう。死を選ばず、こんな苦しい日々を耐えられるのだろうと疑問に思っていました。最近になって『生きているのが苦しくない』という感覚を知りました。だから、みんな普通に生きているんですね」