Nakamasa speaks

統一協会二世による安倍晋三射殺事件*1以来、仲正昌樹*2が社会思想史の研究家としてではなく、統一協会の「元信者」としてのメディアに露出する機会が増えている。
氏の語りを少しメモしておく。


ABEMA TIMES「東大から旧統一教会へ 元信者がメディアやSNSの“教団批判”に警鐘「過度の批判を浴びることで社会に出ることを恐れ、逆に信仰の殻に閉じこもってしまう」」https://news.yahoo.co.jp/articles/8421394a82c3cfe4fb209bc4f0a8f99718276867



曰く、


「80年代の東大生はコンプレックスの塊が多い。自分はたまたま東大に入れたんじゃないか? 私は弱いから東大に入ったんだって。統一原理や聖書の話と当てはめていくと、引き寄せられていく感じになる」

 そう語るのは、元旧統一教会信者で金沢大学の仲正昌樹教授。1981年、東京大学入学とほぼ同時に旧統一教会に入信するも、11年半後に自らの意志で脱会した。そんな仲正教授が、自らが旧統一教会で体験した出来事を赤裸々に明かした。


 当時のことについて仲正教授は「一対一で講義を受けた。たいていは自分だけの悩みだと思っているようなことが、聖書に書かれているような人類全体の問題であると意義付けしてくれる。悩んでいることと通じているように説明する」と振り返る。

 広島から上京したばかりで不安を抱えて入寮したのが、駒場寮だった。そこで幅を利かせていたのが、左翼系サークル。そんな時に声をかけてきたのが原理研究会だった。仲正教授はほどなく、駒場寮を出て入信したという。

原理研の他のメンバーは優しかった。話を聞いてくれた」

 また、左翼系サークルに対する嫌悪感も信仰を深めた一因にもなった。信者となった仲正教授は教団で約1カ月にわたる長期研修に参加。その間はテレビを見ず、外部との連絡を遮断。時には徹夜でのお祈りもあったという。

 世間からは「洗脳だ」と問題視する声も上がり、「洗脳された」と訴える親もいた。しかし信仰心を持っていた仲正教授は「洗脳と騒ぐほどでもない」と思っていたという。


ちょうど時を同じくして、先祖の祟りがあるなどと言って統一教会の名を隠し、印鑑やつぼなどを売る霊感商法が社会問題となり、度重なる訴訟問題に発展した。教団は度々敗訴している。霊感商法に限らず、仲正教授自身も「信仰心を強める」との目的で、夏休みに“珍味売り”の訪問販売をさせられたという。

「かなり大きなバッグに500グラムの珍味を20袋くらい詰め込んで、走りながら訪問する。別に監視されていたわけではなかったが『信仰があるなら走れ』と。1袋は2500円。統一教会としては資金集めだと」

 この商品販売は教団では“万物復帰”とされ、サタンに奪われた万物を取り戻すための行為だと教えられていた。しかし、この教えは建前で、実際には信者同士を競わせていた側面もあるのでは、と仲正教授は指摘する。

統一教会と言っているが、お互いかなり仲が悪い。ライバル心が結構ある。自分こそが一番信仰を持っていると競おうとする」

ここから受ける印象だと、「統一教会」内部でのコミュニケーションはタテが強い。横の、信者同士は上部からの(縦方向の)承認を競い合う関係にあり、相克的であるようだ。また、縦方向のコミュニケーションだが、それは「 一対一で講義を受けた」特定の具体的他者との関係なのだろか? それとも抽象的な上層部とのコミュニケーションだったのだろうか? 新宗教においては、〈導きの親子〉間で濃い人間関係が形成されるのが一般的である。それを接着剤として信者が教団に統合されることになるのだが、〈導きの親子〉関係が〈教祖‐信者〉関係や〈教団‐成員〉関係よりも容易に前面化することともなり、派閥主義や分派活動の温床ともなりかねないということもある。信者仲間同士の関係も同様な両義性を孕んでいるだろう。「信者同士を競わせ」るというのは教団にとっては、横の関係の増長を抑圧する仕掛けであるわけだ。吉本隆明の『共同幻想論*3を参照すれば、「共同幻想」と「対幻想」とは常に緊張を孕みつつ存立しているのだった。統一協会といえば、自由恋愛の禁止だが、これも組織にとってノイズとなる人間関係の排除、或いは「共同幻想」による「対幻想」のコントロールという意味を持っているといえるのでは?

仲正教授は東大を卒業後、文氏が提唱した世界日報社に就職。世界日報とは、統一教会を発行母体とする1975年創刊の保守系新聞のこと。90年代には創始者の文氏が初対面で顔を合わせた男女の結婚を決める合同結婚式が世間から注目され、バッシングが強まっていた。当時のことについて仲正教授は「固定給は6万5000円。しかし、固定給が払えなくなった。多分、(資金が)枯渇しているのはみんなわかっていた。普段だったら右系の団体や保守的な実業家が広告みたいな形でお金を出してくれていたのも入らなくなった」と話す。

 この話と山上容疑者の話を照らし合わせると、山上容疑者の母親が入信し多額の献金を繰り返していたのも、旧統一教会が資金繰りに苦しむようになったのも1991年ごろのことだ。 そんな仲正教授に脱会を決定づける出来事が起こる。

合同結婚式の相手との関係について、色々なことを無理に我慢していたような気がしてきた。本当に好きなタイプの女性なら、許したかもしれないが…」

 文氏によって選ばれた仲正教授の結婚相手に重大な隠し事が発覚したのだという。

「(文氏を)メシアと思って信じようとしてたんですけど、『メシアはそういうことを見抜けないのか?』と聞いたら『見抜けない。具体的にどういう隠し事をしているかなどは見ておられない』と言ったんです」

合同結婚式」が統一協会を脱会するきっかけになったというのはよく聞くけれど、これもまた「共同幻想」と「対幻想」の相克なのだった。

「教会の方針に対して批判するならいい。もう行き先が無くて迷っているような一般の信者に『原理はもともと問題がある』など、そんなことを平気で言ってしまったら『統一教会を辞めても自分がずっと否定され続けるんだな』となってしまう。そういう負のループを断つべき。信教の自由としてここまでは認めるよと。こういう仕組みにすべきだと思うなど、(批判だけではなく)ちゃんと提示すべきだ」

 ショッキングな銃撃事件が起きたいまは脱会のチャンスでもある。しかし、(教団や信者が)過度の批判を浴びることで社会に出ることを恐れ、逆に信仰の殻に閉じこもってしまう恐れがあると指摘した。


NEWSポストセブン「旧統一教会は「日本にだけ献金要求が大きかった」元信者の大学教授が理由を解説」https://news.yahoo.co.jp/articles/364c9907be412f60e907f61fc3f78dbfb9711d2b


何故、山上徹也の母親は「破産」してもなお「献金」を続けなければならないかったのか。


「前提として、統一教会は聖書を独自に解釈する宗教なんですが、アダムとエバがサタンに堕落させられるという『失楽園』の話が根幹になっている。基本的にこの世はサタンによって支配されていて、堕落した人間はモノ以下になっていると解釈する。人間はモノをサタンの世界から奪い返し神に捧げることによって、モノを仲介として神の世界に近づくという『万物復帰』の考えがあり、現代では貨幣が全てのモノを代表するということから、信者はお金を納めることで神に近づこうとするということですね。統一教会はこういう形で信者からの献金を正当化している。

 また、『万物復帰』と称して物を売ることも、教義上ではサタンに奪われた万物を神に復帰するという形で、信者のあいだでは正当化されています。 物を売って、貨幣を復帰すればするほど、この世界に対するサタンの支配力が弱くなる。そして、集めた貨幣を神と父母のもとに届ければ届けるほど、強い信仰の証しとなるということです」(仲正氏)

 仲正氏は、旧・統一教会にとって日本が特別な国と位置づけられていることも理解する必要があると言う。

統一教会が布教を進めていた国単位で見ると、日本に対して献金要求は大きかったです。私の知る限り、他の国でも万物復帰(献金)はやっていたけど、そこまでの要求はなくて、各国での活動を自前で支えられる程度のものがあれば十分でした。

 なぜ日本だけ献金の要求が多いのか。その理由は『原理講論』(教祖の高弟が書いた統一原理の解説書)にも書かれています。なぜ日本に要求が多いかというと、日本が教義上、韓国をはじめ他国と比べて『罪深い国』だったからです。

 第二次世界大戦後の世界情勢は、サタン側と神側に分けられ、サタン側は北朝鮮、中国、ソ連、神側は韓国、日本、アメリカというふうに位置づけされた。なぜ神側にいる日本に重荷を課せられるかというと、神側のなかでも韓国はアダム国家、日本はエバ国家という位置づけになる。エバは幼いころのアダムを育てる義務があるということで、つまり国と国の関係にすれば日本が韓国を助ける立場にあるということなんです。

 加えて、日本には過去の韓国の植民地支配という負債があった。『こんなに罪深い日本が、それでも神によって神側のエバ国家として選ばれた』ということの意味を、日本は背負わなければいけない。その負債を返すには、重い責任を背負わなければならず、他国と比べて多額の献金を要求されると。このことによってエバ国家としての責任を果たせるという説明をしています」(同前)

ABEMA TIMES「元信者の大学教授が語る 旧統一教会と“縁が深い“政治家「間違いなく清和会」」https://news.yahoo.co.jp/articles/6c7e3c4b3e5820244660112534edf61238fe6ca7


安倍晋三統一協会との「縁」は近かったのか、遠かったのか?

「長いこと統一教会にいた人間からすると、なんで安倍さんなのかと思いました。安倍さんと統一教会岸信介さんの時代からの付き合いはあったと思いますが、教会側の認識としてはそれほど距離の近い人ではなかったので正直、私も驚きました」

 そう話すのは、元統一教会信者で金沢大学の仲正昌樹教授。1981年に東京大学に入学して、駒場寮で「原理研究会」に勧誘されたのをきっかけに「世界平和統一家庭連合(=旧統一教会)」に入信。約11年半の活動を経て自らの意思で脱会した。

 東大入学時に旧統一教会とは知らずに原理研究会からの勧誘で入信した仲正教授。当時は駒場寮に入寮していて、その周辺を散歩していた時に“宗教と科学に関する”アンケートを依頼されたのが入信のきっかけだという。当時について、仲正教授はこう振り返る。

「アンケートの後に『宗教と科学の統一に関する研究会をやっていて、そこで新しい宗教と科学を統一する理論があるんですが聞いてみたくないですか』と言われて、興味があったので付いて行きました。その方から一対一で、統一教会の触りの部分の講義を受けて、その後にもいろいろ話を聞いてくれたのもあって割と打ち解けて、2回3回と通うようになりました」

 約11年半もの間、活動していた仲正教授。旧統一教会と特に“縁が深い政治家”はいたのだろうか。

「間違いなく清和会(清和政策研究会)です。統一教会が中心になって作った国際勝共連合があるのですが、日本で設立するにあたって岸信介さんと(日本財団創立者の)笹川良一さんがかなり協力されたと。あの当時、岸さんは韓国との政権関係もお互いに反共ということで良好で、付き合う上では支障はなかったと思います。ただ、清和会の方々は内部の人からすると、新党*4とか天皇を大事にする思想の人たちとみられ、自分たちのように韓国人をメシアだと言っている宗教団体とは根底のところでは合わないといった認識を持っていました。教会の中に長くいる人はそういう印象を持っているのではないかと思います」

この記事の後半には成田悠輔氏のコメントがあるのだが、ちょっと抽象的すぎて、何が言いたいのかよくわからない。