渡邊十絲子*1「誰もが直面 人間関係の摩擦解く」『毎日新聞』2022年1月8日
石川良子『「ひきこもり」から考える』の書評。
(前略)一般に、自室などに閉じこもり、家族以外の人との人間関係が失われている状態を指してひきこもりと言うようだが、著者によれば、社会的孤立や生活困窮といった問題に収まりきらない「何か」の中にひきこもりの核心がある。それは「生きることを巡る葛藤」であるという。
葛藤の中身は、〈どうしても親と通じ合えない。働きたい。働かなければいけないと思っていても、どうしても働くことができない。世間の様々な常識から自らを解き放つこととが必要だと分かっていても、どうしてもその囚われから自由になれない。自分の努力や意欲だけではいかんともしがたい壁に阻まれ、思うように人生を歩めない〉というようなことだ。これを読んで、自分はこうした葛藤とは無縁だと思う人はいないのではないか。つまり、ひきこもっている人は、あなたやわたしがもっている普遍的な苦しみを、少しだけ大きいかたちで抱えている人なのだ。
支援の基本は「聴く」ことである。当事者が何を感じ、どう考え、どのように変われば苦しみが減ると考えているのか。さまざまな立場の人がこの「聴く」ことを試みるが、しかし充分にはできない。人は「聴く」ことのどこで、どう躓くのか
共感や寄り添う姿勢を重んじるあまりに、「動きたい」と言いながら動き出せない当事者に対して苛立ちなどの否定的な感情をもつこと。「あの人はああ言っているけれど、本音のところでは働いて自立したいのだ」(だから自分は分からねばならない)という思い込み。こうしたさまざまな困難の所在が、本書では明快に指摘され、読みやすいかたちで整理されている。ひきこもり問題にとどまらず、人間関係のあらゆる局面で同じことが起こりうることを念頭に置いて読めば(この本のタイトルは、ひきこもり「から」考える、であり、ひきこもり「を」考える、ではない)、自分自身の生き方を新しい視点から眺めてみることもできそうだ。