ジュリアン・バーンズ『イングランド・イングランド』(古草秀子訳)から。「マックス博士」の科白。
(前略)誤りの種類はハゲイトウのごとく多彩だが、その最たるものは、つぎのような単純素朴さのもとにある傾向がある。すなわち、過去とは派手な衣服をまとった現在にすぎない。(略)驚くほど私たちに似た人々、その胸の鼓動は母親の胸で聞いた懐かしい響きとまるで同じ。私たちよりわずかに啓蒙度の低い、彼らの脳の内部をのぞけば、完成されれば私たちが誇る現代民主主義国家の基礎となる概念が、中途半端な状態で発見される。彼らが想像する未来はどんなものか、彼らの希望や恐れはどんなものか、自分たちの死後、数世紀先の社会の人生に彼らがどんな夢を抱いているか考えれば、そこにぼんやりと見えてくるのは、現在の私たちのすばらしい生活だろう。有り体に言ってしまえば、彼らは私たちになりたいのだ(後略)(p.278)