文字の効果?

松岡由希子「ヒトの脳は3000年前に縮小した、その理由は......」https://news.yahoo.co.jp/articles/5711818bb766c0bb0bd414f245dd9fd70a3ca6b9


曰く、


ヒトの脳が進化史の過程で大きくなってきたことは広く知られているが、更新世以来、これが縮小していることについては、まだ十分に解明されていない。脳のサイズが変化した時期やその原因は依然として謎のままだ。


ダートマス大学ボストン大学らの研究チームは、ヒトの脳の進化の歴史的パターンを調べ、集団を形成して人間に似た社会的構造を備える社会性昆虫のアリと比較した。一連の研究成果は、2021年10月22日、オープンアクセスジャーナル「フロンティアーズエコロジー&エボリューション」で発表されている。


研究チームは、ヒトの脳の進化の時間的パターンを解明するべく、サヘラントロプス、アルディピテクス、アウストラロピテクスといった化石人類、前期更新世、中期更新世、後期更新世のヒト属、現生人類が属するホモ・サピエンスの頭蓋骨985個のデータを分析した。

その結果、ヒトの脳のサイズは化石人類のホモ・エレクトス(直立人)が最初に出現した約210万年前と更新世の約149万年前に大きくなったが、完新世に入った約3000年前に縮小した。

完新世で脳が縮小した原因については明らかになっていない。研究論文では「化石のみを用いてヒト属の歴史を詳しく解明するのは困難だが、アリをモデルとすることで、群の大きさや社会組織、集団的知性などの要因がヒトの脳の進化に与える影響について解明できるだろう」と新たなアプローチを提唱している。

その論文は、


Jeremy M. DeSilva, James F. A. Traniello, Alexander G. Claxton and Luke D. Fannin “When and Why Did Human Brains Decrease in Size? A New Change-Point Analysis and Insights From Brain Evolution in Ants” https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fevo.2021.742639/full


さて、「完新世に入った約3000年前に縮小した」という表現はちょっとミスリーディング。「完新世」が「約3000年前」に始まったと思ってしまうじゃないですか。実際のところ、「完新世」が始まったのは氷河期が終わった約1万年前*1。社会文化史に換算すると、新石器時代以降ということになる。日本史でいうと、縄文時代以降。
「集合的知性(collective intelligence)」、また「知識の外在化(externalization of knowledge)」というのが鍵言葉のようだ。まあ、クラウドで、或いはネットワークとして情報を共有すれば、個々の端末のハード・ディスクに一切合切を抱え込む必要ななくなるということで、かなり納得しやすい結論なのではないかと思う。情報を脳の外部に保存・共有する装置といえば、やはり文字である。「約3000年前」というと紀元前1000年。既に世界の各地で文字文明が始まっている頃だ。その数百年後に生きたプラトンソクラテスは文字が記憶力を奪うと言っていた筈(『パイドロス*2)。勿論、文字を持った社会というのは地球上のごく一部でしかなかったわけだし、文字を持つ社会においても、文字は全員が知っている(知っているべき)ものではなく、一部のエリートや特殊な職能者のものだった筈。思いついたのだけど、文字社会と無文字社会で、文字社会においても、文字と関わっていた階級と文字とは無縁だった階級では、脳のサイズに差異はあったのだろうか。

See also


Frontiers “New Clues to Why Human Brains Decreased in Size 3,000 Years Ago” https://scitechdaily.com/new-clues-to-why-human-brains-decreased-in-size-3000-years-ago/
Robert Lea “Human Brains Shrank 3,000 Years Ago—Ants Could Tell Us Why” https://www.newsweek.com/human-brains-shrank-3000-years-ago-ants-evolution-1642270