初期切腹者 - Living, Loving, Thinking, Again

具体的なURLなどは失念してしまっただけど、源頼政 *1は日本で最初に切腹した人だという記事があった。たしかに、頼政は宇治川の戦いに敗れ、平等院で切腹して果てたことになっている*2。
さて、山本博文 *3「日本人と切腹」（『学士会報』845、2003）*4では、切腹の始まりを源平争乱の頃としながらも、源頼政のことは完全に無視され、その代わりに源義経が取り上げられている；

切腹がいつから始まったか。これは歴史を繙くとそれほど古いことではございません。『続古事談』という史料に、平安時代に大盗賊として有名な袴垂（藤原保輔）が切腹したという記事がございますが、伝説的な話ですから、これは必ずしも切腹したとは言い切れません。したがっていちばん最初の切腹は、源平の争いの頃ということになります。
兄源頼朝に追われて奥州に逃げた源義経が、ついに逃げきれないという時に、「武士は、どうやって死ぬのがいいだろうか」と、傍の者に聞いております。つまり、そのときにも武士の死に方は必ずしも切腹と決まっているわけではなかったことが分かります。
このとき義経は腹を切って死ぬ方法を選びますが、一方の平氏のほうはどうだったかと言いますと、壇の浦合戦のときに平氏方の侍は敗北が決定的になったのにみんな腹を切って死ぬことはせずに、船から瀬戸内海に身を投げています。これを見ると、必ずしも武士は切腹しなければいけないというものでもなくて、入水して死んでも必ずしもおかしくはなかった。つまり、源平の合戦の頃までは、まだ武士の自殺の手段としては切腹でなくてもよかった。切腹が武士の自害の方法として定着するのは、鎌倉時代以降のことであろうと考えられます。
こういうことから、武士の切腹という風習はどうも東国のほうから起こってきたもので、必ずしも西国の武士は切腹しなかったと考えられます。しかし、腹を切るということは非常に勇ましい形をとりますので、そういう意味では「武士の死に方としてふさわしい」という観念が出てきて、全国的に切腹というのが武士の自殺の仕方として適当だと思われるようになったのではないかと思われます。

ここでは切腹の「東国」起源が示唆されているけれど、頼政は清和源氏ではあったけれど、その拠点は摂津国（現在の大阪市の辺り）であり、「東国」とは殆ど関係はない*5。
さらに、

鎌倉時代の切腹で典型的なのは、鎌倉幕府が滅亡するときの北条氏一族の集団自決でしょう。二百何十名か、みな切腹して果てたと考えられています。鎌倉末期には、切腹が武士の死に方として完全に定着していたと言えるのではないかと思います。

これで思い出したのは、戦後日本の代表的な右翼思想家のひとりである村松剛の『帝王後醍醐』。村松はやはり壇ノ浦における平家一門の入水と鎌倉幕府滅亡の際の北条高時一族の「集団自決」を取り上げてだけど、村松によれば、入水と切腹という自殺の仕方の差異は、東西というよりも、宗教性の違いに由来する。平家一門が海に身を投げたのは観音信仰の故である*6。。それに対して、切腹の宗教的な背景として村松が指摘していたのは、禅の普及による自己意識（内省性）の高まりである。さらに、切腹は辞世の歌を詠むこととセットになることで、人の死をより自己意識的なものとする*7。頼政は禅宗以前の人ではあるけれど、歌人としても知られた人であり、その自決に際しても、「埋もれ木の花咲くこともなかりしに身のなる果てぞ哀れなりける」という辞世を詠んでいるのだった。

帝王後醍醐―「中世」の光と影 (中公文庫む 10-1)

作者:村松剛
中央公論新社

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*2:See eg. 「源頼政の史跡（平等院扇の芝・頼政の墓）」https://blog.goo.ne.jp/mitsue172/e/eadacdbc110e9356fb5ec15f35d77609

*4:https://www.gakushikai.or.jp/magazine/archives/archives_845.html

*5:伊豆国が知行国であったけれど、自ら伊豆の土を踏んだということはなかっただろう。

*6:『平家物語』によれば、二位尼（平時子）は安徳天皇を抱きながら、「西方浄土」を目指して海に身を投げたことになっている（See eg. https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180521/1526867142 ）。村松が観音信仰を強調したのは、補陀落渡海のことを念頭に置いてのことだったかも知れない。また、海上他界説も踏まえていたということは十分考えられるだろう

*7:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20060901/1157134383