もう一つの窓?

去年だったか、某古本屋のワゴンに、文庫版の『サザエさん』が置いてあって、息子が欲しいと言い、まあ1冊100円だからいいかと思い、3冊ほど買ってあげたことがあったのだ。

堀井憲一郎*1「なぜ『サザエさん』の家にはエアコンがないのか 「サザエさん世界」に残る昭和の謎を探る」https://news.yahoo.co.jp/byline/horiikenichiro/20210831-00255961


冒頭、


アニメ『サザエさん*2はよく見るとかなり不思議な世界である。

すでに52年近く続くこの世界は、奇妙な力で成り立っている。

たとえば、サザエさん家には、エアコンがない。

おそらく設置されていない。

夏でもたぶん、クーラーをつけずに過ごしているとおもわれる。

2021年7月から8月の『サザエさん』を見て、確認してみたが、家の中でエアコンを使うシーンはなかった。居間の窓は昼は開けっぱなしになっていた。

たぶんエアコンが存在しないのだとおもう。

というところから始まって、「アニメ『サザエさん』世界は三層構造になっている」という。つまり、コアである「サザエさん家」、第二層の「レギュラー陣の住む世界」、さらにその外部である第三層。

このコア世界では「長谷川町子の描いた世界」が守られている。

つまりサザエさんの家の中は「連載が終了した1974年」より以前の世界のもので構成されている。

だから電話は固定のダイヤル式黒電話なのだ。

スマホや携帯電話という以前に、「プッシュホン式電話」や、「離れた場所でも取れる子機」でさえない。

プッシュホンや子機は1974年より後ではあるが、昭和のうちに日本社会に定着したものである。

そういうものは「サザエさん家」には存在しない。

長谷川町子が描いてないからだ。


だから、クーラーもサザエさん家には存在しない。

1974年以前の日本では、新しい集合住宅以外は、あまりエアコンは設置されていなかった。特にサザエさん家のような「日本式家屋の一軒家」にはまず設置されていない(窓枠も変えるなどの大掛かりな改造が必要だったから)。

ちなみに1960年代の日本で、クーラーが稼働していて自由に出入りできるところは、都市部でも銀行とデパートくらいであった。それ以外の商店には冷房装置はまずなかった。高級レストランにはあったのかもしれないが、ふつうの食堂には扇風機がまわっているばかりである。


サザエさん家の中が核部分で、そのまわりに周縁部分がある。

これが第二層だ。

隣家の伊佐坂先生の家、裏のおじいさんとおばあさん、勝手口から入ってくる三河屋の三郎くん(サブちゃん)、中島くんや花沢さんの家などである。

いわばレギュラー陣の住む世界である。

ここは「長谷川町子の結界」と隣接しており、かなり「1974年以前の世界」に近いという制約があるが、ときどき、現代的な(21世紀的なもの)も侵入してくる。

現代的なものが忍び込んでくるクッションのような世界になっている。

スペシャル回で、家族そろって遠出すると、けっこう現代性が高まる。

そこが第三層である。

ここはかなり現代世界に近い。

たとえば、旅先では知らない人が携帯電話をかけて通り過ぎたりする。そういう回もある。

つまり『サザエさん』世界に携帯電話が存在しないわけではない。

長谷川町子の結界内には存在しないだけである。

サザエさん家の人たちが日ごろ接しない第三層は、けっこう現代性に満ちている。

カツオやワカメが、小学生なのにスマホを持っている友人がいる、という話はしない。

同じくゲーム機も欲しがらない。

でも、レギュラーではない友人や、友だちの友だちの家などにいくと、ゲーム機のようなものが置かれていることはある。そこが第三層である。

でもカツオが家に帰ってプレイステーションに夢中になってワカメと喧嘩する、というシーンは描かれない。

中心部は「1974年以前の世界」であり、周縁に行けば行くほど、現代的なものが出現する。そういう構造になっているからだ。

奇妙なバランスによって「日曜夕方のサザエさんのノスタルジックな世界」は守られているのだ。

ところで、ちょっと前に偶々『サザエさん』を視ていたら、「タワマン」という言葉が飛び込んできた。「サザエさん家」のTVから。ニュース番組だったかワイドショーの類だったか。〈永遠の1970年代〉に「タワマン」! とかなり吃驚したのだ。TVは検閲を擦り抜けて「現代的なもの」が「中心部」に飛び込んでくるもう一つの窓なのだった。ところで、1970年代だったら、TVのチャンネルはリモコンではなく、がちゃがちゃするダイヤル式である。勿論、BSもCSもない。
堀井氏は「「会社から家に帰ってきたら和服に着替える」という習慣」は「日本中探しても、アニメ「サザエさん」の世界でしか残っていないのではないだろうか」といい、波平こそ最後の一人だという。「アニメ」の世界ということなら、『ドラえもん』におけるのび太の父親もそうだよ。家では和服を着ている。年齢設定も、54歳の波平と比べると、40代でしょう。そういえば、『ドラえもん』の世界も、不意に21世紀的なものが侵入してくることはあるけれど、基本的には1970年代、それも「サザエさん家」と同じ「1974年以前の世界」ですよね。その根拠の一つは、登場する主要な家族(世帯)は自動車を持っていないこと。少なくとも、のび太の家としずかの家には車がない。1970年代でも後半になってくると、殆どの世帯で自動車を持つようになる。それから、住宅のデザインが全然違う。私の場合、1970年代に見た近所の住宅地の風景を基準にして見ると、『ドラえもん』世界は東京郊外の風景として、全く自然に違和感なく受け入れられるけど、21世紀の住宅地の風景を基準にしてしまうと、全くの異世界になってしまう。多分、若い世代にとっては異世界なのだろう。