「贈与」に「気づく」?

伊藤亜紗*1「話題の本」『毎日新聞』2020年5月23日


近内悠太*2『世界は贈与でできている』について。


近内の贈与論の面白さは、受け取る側の立場から描かれている点にある。人は、何かを受け取るとお返しをしなければならないと感じる。そのことによって生じる「切れない関係」こそ、贈与の機能だと論じられてきた。しかし、と近内はここで問う。何も返すものを持たない者は、贈与のネットワークに参加することができないのか、と。この問いは、相模原障害者殺傷事件や性的マイノリティーへの差別的発言を思い起こさせる。
そもそも与えたものに見返りを求めるのは、交換であって贈与ではない、と近内は言う。贈与は本質的に不合理なものであり、自分が与えたものに相手が気付いてくれるかどうかは不確かなのだ。相手の反応を可視化するSNSの仕掛けや、寄附や慈善事業を促すインセンティブ制度に満ちた現代は、贈与が容易に打算的な交換に変質してしまう時代なのかもしれない。
だからこそ重要なのは、与えられたものに気づく知性である。私はすでに与えられている。そう気づいた者だけが、見返りを期待せずに与えられるからだ。(後略)