「二重作動」など

承前*1

十川幸司精神分析オートポイエーシス」『春秋』(春秋社)458、pp1-4、2004


精神分析理論にとって重要なのは、川本英夫*2によるオートポイエーシスへの「二重作動という構想」の導入である(p.3);


(前略)二重作動は、質の異なる複数のものが作動の継続を通じて連動することであり、いずれか一方に改称されることも、帰着することもできないような事態と定式化される。例えば、主体の運動系の茶道と認知系の作動はそれぞれ独立しているが、相互に影響を与えながら自らの作動を繰り返している。精神分析にとって重要な運動系の作動は情動だが、情動は情動へと自らの作動を継続しながら、言語といった認知系の作動とも関係する。また言語は情動とも関与しながら自らの作動を繰り返している。このような二重作動という経験のあり方は、精神分析の経験において中心をなす経験の動きであるが、私たちは日常の臨床でそれを経験してはいながらも、それにはっきりとした形を与えることはできていなかった。二重作動という構想により、精神分析オートポイエーシスは意外な形でしっかりと結びついたのである。(ibid.)

(前略)自己の複数の回路をとらえる際に、私たちが依拠したのはダニエル・スターン*3の発達論である。スターンは、自己感とは単一で固定したものではなく、新生自己感、中核自己感、主観的自己感、言語的自己感の四つの異質な次元からなり、それらが共存しながらそれぞれに発達していくと考える。この四つの自己感とは分析経験に照らし合わせてみれば、それぞれ感覚、欲動、情動、言語の回路へと対応している。とすればスターンの発達論はオートポイエーシス的な視点から次のように言い換えることができるだろう。
まず乳児において、生後二ヵ月ませに感覚の回路が形成される。その後二ヵ月から七ヵ月の間は欲動の回路の形成が優位となる。七ヵ月から二歳までは感情*4の回路の形成が優位になり、二歳以降は言語の回路の形成が優位になる。これらの回路はある時期においてのみ形成されるというのではなく、一生涯にわたって新たに形成され、すでに出来上がった回路を更新し続ける。自己とはその動きから見るなら、この四つの回路の作動であり、その構造から見るならこの四つの回路の形成は通時的には自己の形成過程を示しているが、共時的にはこれらの回路の作動は分析経験で起きている自己の変容の過程を示しているということである。したがって、共時的にこの四つの回路の作動の仕方を考えることにより、分析過程における多様な経験の動きをより精度を上げた形で記述することができる。その試みの一部は、別のところでより普遍的な形で示した(『思考のフロンティア 精神分析』、岩波書店、二〇〇三年)。そこでは情動の回路を中心として、それが分析家への転移という形で向けられる一方、自己内では他の三つの回路と二重作動という形で作動を繰り返すという形で分析経験を把握している。ともあれ、この構想によって私たちは新たな「回帰」のための参照点を定めたのである。(pp.3-4)

*1:https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2021/06/04/112247

*2:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20060628/1151466640

*3:See eg. Robert N. Emde “Remembering Daniel Stern (1934–2012): A Legacy for 21st Century Psychoanalytic Thinking and Practice” https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/07351690.2017.1299481 Colwyn Trevarthen “Remembering Daniel Stern” https://blog.oup.com/2014/01/remembering-daniel-stern-developmental-psychologist/ gabbard「ダニエル・スターン死す」https://stocklist.hatenablog.com/entry/20121120/p1 「D.N.スターン (D.N.Stern)」http://rinnsyou.com/archives/820 https://en.wikipedia.org/wiki/Daniel_Stern_(psychologist)

*4:「情動」?