「絶望」を讃えて（萩原延壽） - Living, Loving, Thinking, Again

承前*1

作者:萩原延壽
出版社/メーカー: みすず書房
発売日: 2003/09/11
メディア: 単行本

萩原延壽「日本知識人とマルクス主義」（in 『自由の精神』、pp.44-57）から。
「精神の運動」を阻害するものとしての「希望」と「感動」。石川淳 *2と魯迅 *3とブレヒト *4が呼び出されている（pp.53-54）。

石川淳の場合には「希望」が、ブレヒトの場合には「感動」が、それぞれ精神の機能を停止させる呪縛として破棄される。二人に共通するのは、精神の自由な運動を妨げる一切の呪縛との不断の戦いという主題であって、この主題を自覚的な方法としているその徹底した戦いぶりにおいて、私は、ここに、真にラディカルな知識人の代表を見るのである。ここから、次のような発言を聞くのは、殆ど必至である。「権力がなにものの思想の手に取られようとも、あらゆる矛盾にも係らず、精神はつねにすくなくとも拒否に於てすべての権力の支配に対してたたかふだらう。精神にとつて、完全なる無秩序への飢渇は太陽の光とともに絶えるときが無いだらう。この飢渇はすべてのエネルギーの運動の極に配置されるべきものである」（『夷齋筆談』所収「権力について」）。
さて、この自由な精神の立場は、支配を目指す権力の立場と決定的に対立する。そして、精神の自由な運動に存在理由の一切が賭けられている知識人にとって、反政治的立場は必至のものである。あるいは、反政治的であることによってしか、政治に参与し得ないといってもよい。そして、マルクス主義も、そのすべてを包括する全体的、かくして閉鎖的なイデオロギーという点で、精神の立場にとっては、最終的には拒否されるほかはない。それは、政治思想であることによって、精神の運動の出発点ではあり得ても、やがて精神によって越えられてゆく運命を持っている。自分はマルクス主義者ではないというマルクスの言葉は、知識人としてのマルクスの心情を語っているのかも知れないと私は思っている。
しかし、同時に、知識人は、永遠の批判者であることによって、その視座は権力の支配の対象である民衆という社会の底辺に据えられることも必至である。その時、マルクス主義を最終的に拒否することは、どういう意味をもつのだろうか。マルクス主義を歴史的な一事件として相対化し、その絶対性を剥脱することに他ならない。（後略）（pp.54-55）

*1:https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/12/13/102539 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/12/17/232806