Vita

傾城の恋/封鎖 (光文社古典新訳文庫)

傾城の恋/封鎖 (光文社古典新訳文庫)

  • 作者:張 愛玲
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/05/09
  • メディア: 文庫

張愛玲「封鎖」(藤田省三訳in 『傾城の恋/封鎖』*1 、pp.131-152)から。
些か唐突なパラグラフ;


生命とは『聖書』のように、ヘブライ語からギリシア語に訳され、ギリシア語からラテン語に訳され、ラテン語から英語に訳され、英語から中国語に訳される。翠遠が『聖書』を読む時、中国語は彼女の頭の中でさらに上海語に訳される。それはいかにもまだるっこしい。(p.137)
まあ、〈翻訳〉というのが張愛玲を語るための最重要な鍵言葉のひとつであることはたしかだろう。
次に引用するのはとにかくきゅんとする場面。「恋に落ち」ることと〈役割〉の脱落。

彼に見つめられ、彼女は顔を赤らめ、彼女の赤らんだ顔を見つめて、彼は楽しんでいる。彼女の顔はますます赤味を増した。
自分のために女性が顔を赤らめ、微笑み、顔を背け、振り返ることがあろうとは、宗楨には思いもよらぬことだった。ここでは、彼はひとりの男性なのだ。ふだんの彼は、上級会計係で、子供たちの父親であり、家長であり、電車の乗客であり、お店の常連客であり、市民であった。しかし彼の素性を知らぬ女性にとって、彼は純粋にひとりの男性にすぎないのだ。(p.146)