神対応の裏側

承前*1

寝ずジロー「システムに組み込まれた人間の「寿司ネタ・唐揚げ・おでん」による抵抗」https://www.overthesensitivity.com/entry/system-resistance


最近注目がリニューアルされた「バイトテロ」を巡って;


ボク個人としては、お客さん一人ひとりの顔を想像できるなら、魚をゴミ箱に放り込んだりカラ揚げを床にこすりつけたりする行為なんてのは、自分自身が気持ち悪くなってしまうため、とてもじゃないけど無理だろうと思うのですが、なぜそれがバイト君たちにはできてしまったんだろうと、不思議でなりません。

「客の顔を想像できない」という点では、最小限の投下資本で最大限の利益を叩き出したい会社側と、最小限のコストで最大限の満足を得たい消費者と、その両者に挟まれた現場の人間が、完全に資本主義システムに組み込まれて、もはや存在するのかしないのかさえ、客にとってはどうでも良いことになりつつある現状が考えらえます。

あるいは、バイト君たちの行為が、暇を散々持て余した結果としての、発狂しそうなぐらいほかにやることが何もなくなってしまった結果としての行為なら、完全に業務システムに組み込まれて、極度に効率化が進んだマニュアル通りにしか動けず、客足が遠のく閑散期や深夜帯に持て余した時間に対する戸惑いがあるのかもしれません。

このように、資本主義システムや業務システムに完全に取り込まれて、にっちもさっちもいかなくなってしまった結果、ネットや SNS という情報システムにもしっかりと組み込まれているバイト君たちは、この3つのシステムの中で唯一の抜け道がある「情報システム」にガス抜きのための風穴を、ほんの軽い気持ちで開けてしまったのかな、と思うわけです。
 
少し距離を置いて数々の事件を眺めてみると、いろんなシステムに組み込まれてしまった人間が、寿司ネタや唐揚げやおでんを介して、「こんなシステムに取り込まれたくない!」というような最後の抵抗を振り絞っているようにも見えてしまいます。もちろん、当の本人たちにそんなつもりは毛頭ないでしょうが、そんな時代の切り取り方もできるんじゃないかな、などと考えています。

最近、接客業を中心として、お客様の立場に立った機転の利いた対応が神対応として称賛されるということがけっこうある*2。考えてみるに、「バイトテロ」というのはこの神対応の補完物として存立しているんじゃないか。神対応にしても「バイトテロ」にしても、規則(ここでいう「システム」)側からみれば違反である可能性が高い。しかしながら、両者はお客様の目線で世界を見るという想像力の有無によって区別される。神対応は賞賛され、「バイトテロ」は糾弾される。以前も書いたように、神対応の前提となる想像力というのはお客様(消費者)の経験とプロヴァイダーの経験が互換的なものとなる高度消費社会に特有のものだといえる。社会的・経済的格差が広がって、その互換性が揺らいでしまえば、神対応なんてそう滅多に期待できなくなるだろう。

さらにもう一歩距離を置いて眺めてみるなら、今は明治以降の近代化の中で誰もが平等に自由を追い求めてきた時代の最後の過渡期であり、その後は江戸時代のような階級社会が再び訪れ、その社会では、階級ごとに利用する店も定まっているため、今回のような数々の惨劇を目にすることすらなくなるかもしれませんね。

『この階層が利用する店では、魚をゴミ箱に捨てたり、唐揚げを床にこすりつけたり、おでんを口に出し入れしたりする行為が当然のようにある。だから安い。』という共通認識が出来上がって、そんな行為が珍しがられることも、一切咎められることもない社会です。

そのような「階級社会」で問題になるのは支配階級のためのサーヴィスの提供者をどう確保するのか、如何にして下郎による不適切な振る舞いを矯正して躾けるのかということだろう。その支配者たちにかつての貴族階級や武士階級のような〈権威〉がないとすれば、下郎どもの躾は暴力的に、つまりrule of lawならぬrule by lawによってなされるしかないといことになるかも知れない*3

*1:https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/02/13/005634 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/02/13/100057 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2019/02/15/100352

*2:Eg. 牧村朝子「羽田と成田を間違えたけど間に合った話」https://note.mu/yurikure/n/n5bd0499da700 但し、ここでは神対応という表現は使われていない、たしか。Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180925/1537856475

*3:rule of lawとrule by lawの違いについては、例えば唐亮『現代中国の政治』、pp.79-80を参照されたい。See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180202/1517501183

現代中国の政治――「開発独裁」とそのゆくえ (岩波新書)

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