講談社反論

承前*1

AbemaTIMES「芥川賞候補作「美しい顔」、ノンフィクションとの類似表現が独自検証で10か所超 それでも”著作権侵害”を問うのが難しい理由」http://blogos.com/article/308570/


まあ福井健策弁護士がいう「事実」と「表現」の区別というのが現実的に可能かどうかというのはかなり疑ってかかるべきだろうとは思う。「事実」というのは「表現」というメディアを介してしかこの世界に登場することはできない。「表現」から独立した客観的な「事実」というのは、「表現」込みの「事実」から或る種の蒸留・濾過という操作を行なった上で得られるであろうと予期される効果であり、現実に存在するものではあり得ない。
さて、石戸諭氏*2乙武洋匡*3の議論を切り取っておく。


ノンフィクションライターの石戸諭氏は「どこを事実として切り取ってくるのか、そしてどういうふうに切り取るのかがノンフィクションの書き手として腕の見せ所。事実を独占できないということはその通りだと思うが、同じように切り取って、同じような描写や表現になるかといえばそうではないと思う。僕だったら"何だよ"という気持ちになる」と指摘する。

 「僕も震災のノンフィクションを書いてきたが、ものすごくセンシティブなテーマだ。何回も現地に足を運び関係構築した上で取材してまとめていく。石井さんも繊細な取材を続けてきたと思うし、書く時にも慎重な表現を選んできたという自負があると思う。それをあたかもゼロから創作したかのように誇示することに対しては批判的な姿勢を取らざるを得ない。

彼女が震災の現実に向き合って、何かを伝えていきたいという姿勢に嘘はないと僕は思う。ただ、作品全体を支えているディテールのかなりの部分を石井さんの作品に依拠しているのであれば、小説としての完成度の問題になってくるだろうし、僕から見るとかなり依拠していると思う。参考文献として挙げればいいという問題ではないと思う。新潮社も実質的に書き直しを要求しているのだと思う」。


作家の乙武洋匡氏は「出版社の編集者に聞いてみると、"仁義を切らなかったのはまずかった"、ということで皆さんの意見が一致していたようだ。裏を返せば、出版界としては仁義を切っていればありなのかと解釈した。やっぱり編集者と著者の間のキャッチボールがうまくいっていれば、参考文献についての会話はあるのが自然だと思う。そういったやりとりがあったのかどうかは気になる」とコメント。

乙武氏の話を受け、石戸氏は「法律の話と業界のマナーの話は分けて考えた方が良い。重要なのは、言論には言論で決着をつけるということだ。著作権侵害だと訴えるのは本当に最後の最後。安易に国家の介入をお願いするというのは違うと思う。また、どこまでノンフィクションや新聞記事を参考にするのが許されるのかは、書き手の心持ち一つのような気もする。

今回の話で言えば、事前に石井さんに声を掛け、参考文献として挙げるなどしていれば決着していた可能性がある。ところがそういうことがなかったがゆえにここまで大きく問題がこじれてしまっている。信義則の問題だと僕は捉えている」と話した。

(北条裕子さんが)「デビュー作で資料の使い方が分からなかった場合、編集者が指示すべきだ」と(多分講談社以外の)某編集者が述べたというけど、「キュレーション型剽窃」問題*4も含めて、日本の学校教育における作文教育の問題に還元できるという側面もあるのではないか。
さて、


石戸諭「盗用疑惑の芥川賞候補作、講談社が全文公開へ 「盗用や剽窃にあたらない」と反論」https://www.huffingtonpost.jp/2018/07/03/gunzo2_a_23473484/


曰く、


講談社は7月3日、ノンフィクション作品や東日本大震災の被災者の手記からの盗用疑惑が指摘されている小説「美しい顔」の全文無料公開をすると発表した。講談社は作品に著作権法上の盗用や剽窃には一切当たらず、「参考文献未表示の過失についてお詫び」するとしている。
ただ、リンクされているファイル*5は既に削除されてしまったようだ。なので、石戸氏の言及に頼るしかない。

講談社はまず一連の疑惑に関する報道を機に、誤った認識が広がっているとし「本作と著者およびそのご家族、新人文学賞選考にあたった多くの関係者の名誉が著しく傷つけられたことに対し、強い憤りを持つとともに、厳重に抗議」した。

その上で、一連の疑惑について「今回の問題は参考文献の未表示、および本作中の被災地の描写における一部の記述の類似に限定されると考えております。その類似は作品の根幹にかかわるものではなく、著作権法にかかわる盗用や剽窃などには一切あたりません」と主張している。

つまり、著作権法上の問題ではなく「参考文献をつけなかった過失」という姿勢だ。

石井氏の作品との表現の類似点については講談社の調査でわかったとし、石井氏、版元の新潮社と協議を続けたという。事実、掲載予定のお詫びにはこうある。


震災直後の被災地の様子は、石井光太著『遺体 震災、津波の果てに』(新潮社)に大きな示唆を受けたものです。主要参考文献として 掲載号に明記すべきところ、編集部の過失により未表記でした。 文献の扱いに配慮を欠き、類似した表現が生じてしまったことを、石井氏及び関係 各位にお詫び申し上げます。 また、東日本大震災の直後に釜石の遺体安置所で御尽力された方々に対する配慮が 足りず、結果としてご不快な思いをさせたことを重ねてお詫び申し上げます。

講談社は「6 月 29 日の新潮社声明において『単に参考文献として記載して解決する問題ではない』と、小説という表現形態そのものを否定するかのようなコメントを併記して発表されたことに、著者北条氏は大きな衝撃と深い悲しみを覚え、編集部は強い憤りを抱い」たことを理由にあげている。

講談社は「参考文献」をつければ済む話と主張しているのに対し、新潮社は「類似した箇所の修正」(朝日新聞*6も含めた対応を求めている。

群像編集部として、「北条裕子氏の作家としての将来性とその小説作品『美しい顔』が持つ優れた文学性 は、新人文学賞選考において確たる信により見出されたものです。上記の問題を含んだ上でも、本作の志向する文学の核心と、作品の価値が損なわれることはありません」と判断。

「甚大なダメージを受けた著者の尊厳を守るため、また小説『美しい顔』の評価を広く読者と社会に問うため、近日中に本作を弊社ホームページ上で 全文無料公開いたします」と予告した。

*1:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180630/1530314598 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180702/1530552057

*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160122/1453481204 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160127/1453866712 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160325/1458875216 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160409/1460163099 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160415/1460648516 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160526/1464228316 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160603/1464959516 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20161105/1478309427 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20161211/1481482837 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170103/1483467085 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170516/1494962934 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171108/1510149623 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171111/1510404872 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171113/1510590081 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171222/1513915420 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180206/1517935255 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180226/1519612385 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180301/1519907714 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180303/1520088990 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180417/1523990276 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180502/1525264751 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180523/1527094826 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180608/1528425895

*3:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060909/1157773946 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060912/1158074582 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160330/1459343463 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160331/1459390045 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160415/1460685137 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160603/1464884753 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160623/1466692840 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160916/1473989840 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170809/1502291499 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180203/1517673830 )http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180422/1524324795 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180510/1525900096 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180702/1530494257

*4:See 木村忠正「「キュレーション型剽窃」の悪質さ〜若手研究者研究倫理の現状〜」https://tdmskmr.hatenablog.com/entry/2018/06/11/162008 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180701/1530409155

*5:http://www.kodansha.co.jp/upload/pr.kodansha.co.jp/files/pdf/2018/20180703_Gunzo.pdf

*6:「新潮社「修正を含め対応要望」 芥川賞候補作の類似表現」https://www.asahi.com/articles/ASL6Y4J9HL6YUCVL00K.html