承前*1
- 作者: ドストエフスキー,原卓也
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メモ。
カーニバルの参加者たる『カラマーゾフの兄弟』の登場人物たちは揃いも揃って途方もないエネルギーの持ち主だ。彼らは良く食べ良く飲み(食事の場面がやたらと多い)、良く喋る。喋って喋って喋りまくる。バフチンのいう多声的とはさてはこのことだったのかと勘違いするほどだ。一人きりでも大人数でも、彼らは実によく喋る。喋った揚げ句、自分の言葉に興奮してヒステリーを起こす。神経性の熱病にかかる。男女を問わずにそうだ。なんというか、凄まじいエネルギーである。
ちなみに、私が自分で小説を書こうと思い立った際(四半世紀ほど前の話だが)、何が一番困ったかといえば登場人物たちが全く喋ってくれないことだった。小説家を志す者の多くは、最初は自分が面白いと思って読んできた小説に似せて書こうとする。画家を志す者が好きな絵を模写するようなものだ。ところが『カラマーゾフの兄弟』をイメージすると、自分が書いた小説の登場人物たちは全く喋らない。殊に日本が舞台では、まず絶望的にしゃべらない。神経性の熱病になど逆立ちしてもかからない。彼らのあまりの無口ぶりに苛立った私は、結局、古代ギリシアや十九世紀の欧州辺境を舞台に小説を書き始めることになるのだが、これはまあ余談である。(p.40)