和式「パノプティコン」

籏智広太*1「「忖度」は昔から日本にはびこっていた。空気を読んでいた表現者たち」https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/inspection-sontaku


戦前の日本における「検閲」について。辻田真佐憲氏の見解。


辻田さんによると、日本の検閲制度が規制していたものは、国家を乱す危険思想などを取り締まる「安寧秩序紊乱」と性的なコンテンツなど公序良俗を取り締まる「風俗壊乱」にわけられる。

紙媒体は内務省警保局図書課などが検閲を担っていた。出版法と新聞紙法で定められていた罰則は発禁処分や司法処分があったが、実際は法的に定められていない注意処分や削除処分などが横行していたという。

さらに、事後検閲が基本とされていたが、検閲官側の業務を減らすべく、事前検閲がまかり通っていたのも特徴だ。

戦時下になると、検閲官は、電話や定例会で新聞社や出版社、表現者とコミュニケーションをとり、どのようなものがルールに抵触するのかを伝える「内面指導」にも励んでいた。

内部の手引書を共有したり、新聞社と検閲官の間で直通電話のホットラインが引かれたりしたケースもあるほどだ。

「検閲側は権力をちらつかせるだけでよかった。お願い、ご相談、確認という言葉がまさに圧力になったのです」*2


辻田さんは、こうした仕組みを「空気の検閲」と呼ぶ。そして、まさにフーコーのいう「パノプティコン*3である、とも説明する。

パノプティコン」とは、円形の刑務所の中央に監視所をおいた仕組みだ。

たとえそこに看守がいなくとも、囚人は「常に見られている」と感じることになる。フーコーはこれを権力による監視システムになぞらえているのだ。

まさに、忖度がなせる技だ。では、なぜ日本の検閲制度はそう発展して行ったのだろうか。

「誰か大ボスが旗振り役になったわけではないのも、やはり日本の特徴だと言えるでしょう。官僚たちが少ない人数で実務をまわしていく中で、より効率的な仕組みを求めた結果なのではないでしょうか」

「また、これは権力側の一方的な押し付けではありません。発禁処分を避けたい新聞社や出版社、表現者側にとっても有益な仕組みとなり得ました。処分を受けない方法が事前にわかるに、越したことはないのですから」


こうしてパワーバランスが成り立っていた日本の検閲制度。平時であれば双方の均衡が保たれていたとしても、戦時下ではそれが一気に崩れることとなった。

「戦時は権力が一気に強くなる。“何も言えない”構造が、副作用として発露したのです」

自主規制、自己検閲の仕組みがすでに出来上がっていたことから、激しい弾圧と萎縮が成り立つのも容易だった。

「仕組みが明文化されていないということは、越えてはいけない一線が明確ではないということ。新聞紙や出版社、表現者側にはどこで規制されるかわからないので、無限に表現が後退していくことになってしまったのです」


発禁処分や削除処分となり、検閲された部分が書類に残っているものに関しては、あとから検証することも可能だ。しかし、「空気の検閲」の有無は、後世から読み取ることは不可能となる。

たとえば、編集者が自主規制の一環で文章を勝手に書き換えていたら。もしくは、記者や小説家がもとよりそれを忖度して、最初から危ないと思ったことを避けて書いていたならば……。

*1:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170224/1487910099 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170226/1488077743 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170228/1488291005 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170303/1488508478 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170305/1488726602 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170306/1488817967 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170308/1488946981 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170309/1489024533 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170310/1489109908 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170406/1491451136 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170518/1495124746 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170602/1496371973 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170808/1502206282 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170828/1503891141 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170901/1504234324 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170915/1505482432 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171016/1508130214 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171029/1509242444 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20171030/1509328817 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180216/1518745088 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180218/1518914252 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180312/1520820898 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180313/1520911677 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180314/1521040212 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180320/1521545409 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180322/1521735826 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180324/1521817988 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180327/1522079446 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180404/1522810591

*2:See eg. 川喜田研「外国人特派員が森友「公文書改ざん」に見た日本の深刻な病──この国みんなが“民主主義のお芝居”を演じているだけ?」https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180405-00102558-playboyz-pol Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180406/1523022564

*3:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061207/1165500508 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120303/1330781724