『読売新聞』の記事;
また、『日刊スポーツ』の記事;
フォークの加川良さん死去、69歳…「教訓1」読売新聞 4/5(水) 21:02配信
1970年代初頭から活動し、代表曲「教訓1」などで知られるシンガー・ソングライターの加川良(かがわ・りょう、本名・小斎喜弘=こさい・よしひろ)さん*1が5日、死去した。
69歳。急性骨髄性白血病で入院していた。告別式は近親者で行う。
1970年に全日本フォークジャンボリーに出演。翌年出した初アルバムに収録された「教訓1」は、反戦歌的な内容で「命を すてないようにネ」「にげなさい かくれなさい」とストレートに訴え、評判となった。フォークのブームを盛り上げ、吉田拓郎さんが歌った「加川良の手紙」の作詞者としても知られる。昨年もアルバムを発表するなど、音楽活動を続けていた。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170405-00050088-yom-ent
フォークシンガー加川良さん死去 69歳、白血病日刊スポーツ 4/5(水) 20:15配信
フォーク歌手の加川良さん(かがわ・りょう=本名小斎喜弘)が5日午前9時39分、急性骨髄性白血病のため、都内の病院で死去した。69歳だった。
所属事務所によると前日4日夜に容体が急変。妻富士子さんと長男のミュージシャン元希が見守る中、息を引き取った。葬儀・告別式は親族のみで行い、後日、追悼ライブを開く予定。喪主は長男元希(げんき)が務める。
昨年12月、山梨県の病院に入院し、予定していた公演の延期を発表。公式ホームページに「今しばらくの入院生活となりそうです」と自筆でつづっていた。闘病中も、昨年発売したアルバム「みらい」について「もっと世の中に広げてほしい。セールスをよろしく」と気に掛けていたという。
70年フォーク野外コンサート「中津川フォークジャンボリー」*2で披露した「教訓1」が評判を呼び、翌71年にデビュー。吉田拓郎(71)らとともに70年代のフォークブームをけん引し、日本フォーク界の先駆け的存在だった。松山千春(61)は小学生のころから加川の曲を口ずさみ、「オレの音楽のルーツ」と公言。カバーアルバムに加川の曲を収録するなど多くのミュージシャンに影響を与えてきた。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170405-01803065-nksports-ent
「松山千春(61)は小学生のころから加川の曲を口ずさ」んだの? 松山千春*3は1955年生れなので*4、加川良がデビューした1970年或いは1971年には既に高校生だった筈。小学生の松山千春はタイム・トリップしたのか。
*1:http://www5f.biglobe.ne.jp/~twins/ See eg. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E5%B7%9D%E8%89%AF
*2:See also See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091223/1261580863 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100518/1274141582 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160702/1467466196
*3:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090819/1250688495 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100107/1262884553 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150330/1427684631
*4:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B1%B1%E5%8D%83%E6%98%A5