私的幻想に留まって

朝日新聞』の記事;


逮捕の母親、ネット検索で思い込みか 福岡4兄妹遺体

緒方雄大、大野択生

2016年9月11日02時07分

 福岡県須恵(すえ)町の住宅で8月、10〜3歳の兄妹4人が死亡した事件で、うち1人への殺人容疑で逮捕された母親の無職淵(ふち)純子容疑者(41)が「ネットを見て、子どもも私も危害を加えられると感じた」と供述していることが捜査関係者への取材でわかった。福岡県警は12日にも他の3児への殺人容疑で再逮捕する。

 捜査関係者によると、淵容疑者は事件直前、インターネットの検索サイトに表示された書き込みを見て、「危害を加えられる」と思い込んだ可能性があるという。事件の数日前には「家に盗聴器が仕掛けられている」などと110番通報していた。精神的に不安定な状況だったとみられ、捜査当局は刑事責任能力の有無を調べるための精神鑑定を検討する。

 淵容疑者の再逮捕容疑は8月22日未明、長男で小学5年の俊介君(10)、次女で小1の美菜さん(6)、三女の美桜(みお)ちゃん(3)の首をケーブルなどで絞め、窒息死させたというもの。淵容疑者は長女で小1の美唯(みゆ)さん(6)を絞殺したとして、同日に逮捕されていた。逮捕後の調べに「(子どもに)かわいそうなことをした」と話しているという。(緒方雄大、大野択生)
http://www.asahi.com/articles/ASJ9B4QW0J9BTIPE00Y.html

「家に盗聴器が仕掛けられている」という訴えに異常性を感じるという人は少なくないだろう。しかし、自分の脳内に盗聴器が仕掛けられているというのとはレヴェルが違うわけで、実際この人の「家に盗聴器が仕掛けられ」る可能性は完全に零であるとはいえない。米国ではウォーターゲート事件*1が起こっているわけだし、日本でも宮本顕治宅盗聴事件*2が起こっているわけだ。また、警察を含む所謂セキュリティ産業は、根拠のあるなしに関わらず、このような一般人の不安や恐怖を基礎にして、そのビジネスを成り立たせているともいえる。さて、問題なのは、「家に盗聴器が仕掛けられている」という「110番」に対する警察の対応だろう。その対応に、この41歳の母親は一応は納得し、安心したのだろうか。それとも、「危害を加えられる」という恐怖を増幅させる類の対応だったのだろうか。
この事件は十分に悲惨であり、誰もが子どもは親を選べないということの意味に直面せざるをえなくなるだろう。ただ、この母親は(岸田秀的な言葉遣いをするなら)〈私的幻想〉に留まっているといえる。こういうことをいうと顰蹙を買ってしまうかも知れないけれど、〈私的幻想〉に留まっているので犠牲者は4人に止まった。〈私的幻想〉に留まっているので妄想は自宅の玄関を越えなかった。もし、シェアが拡がって〈共同幻想〉にまで成長したら、この程度の悲惨さでは済まないだろう。