「隠者文学」(メモ)

隠者の文学―苦悶する美 (講談社学術文庫)

隠者の文学―苦悶する美 (講談社学術文庫)

田吉貞『隠者の文学』からメモ。


隠遁詩人によって始められた隠者文学には(略)主要なものとして、世間に現われたものが三つあった。西行様式、長明様式、兼好様式がそれである。いずれも隠遁者の立場から創始されたものであるが、その対象とするものが違っていた。西行様式は大自然・万有・存在を対象とし、長明様式は自己の生活を対象とし、兼好様式は人間生活を対象とした。そして、それが引き継がれてゆく継承の点からみると、中世後期において、隠者文学芸道の主流として継承されていったのは西行様式で、長明様式は、心敬の『ひとりごと』、宗長の『宇津山記』、芭蕉の『幻住庵記』『嵯峨日記』等、一部の作品に継承されたが、兼好様式はほとんど継承さえなかった。(pp.33-34)
また、

西行の美は、美のなかに存在の悲しみやきびしさを捉え、それによって自己の生死の姿を凝視したかったのだ。そのような美をもつ歌は、西行の歌のなかに、ほんの一、二首しかない。しかし、たとえ一首でも、そのような大きな美が捉えられるとき、民俗の美の魂は、革命的な衝撃と変革とを受ける。一枚の月面の写真が、全人類の月の観念を、瞬時に変えるようなものである。何びとの魂かがその美を受け継ぎ、魂の沙漠に、この美の流れは、数えきれないほどのオアシスを作ってくれた。ところが、長明・兼好の文学には、この美がない。だから、それは隠者文学ではあっても、後の隠者たちに、ほとんど継承されないか、またはまったく継承されなかった。(p.35)