MMPIを巡ってメモ

教員採用試験にMMPIという心理測定が使われていることが先々週の『毎日新聞』で採り上げられていたけど、今のところ他社の追随はないようだ。


教員採用:性的指向や宗教質問 心理テスト、4自治体使用

毎日新聞 2014年11月16日 09時00分(最終更新 11月17日 18時35分)


 2013年に行われた教員採用試験の適性検査を巡り、山梨県山形県など少なくとも4自治体の教育委員会が、性的指向や宗教についての質問を含む心理テストを使用していたことが毎日新聞の全国調査で分かった。使用自治体はいずれも、合否の参考や人事配置の参考にしていると回答したが、このテストに関しては、公務員の採用試験での実施例が人権侵害にあたるとして12年6月の衆院法務委員会で質疑があり、滝実法相(当時)が「認識が薄かった」と釈明するなどした経緯がある。不適切な質問の削除など改善の動きもみられるが、教員採用の現場で、差別につながりかねない検査が行われていた実態が浮かんだ。

 心理テストは「MinnesotaMultiphasicPersonalityInventory(ミネソタ多面的人格目録検査)」。頭文字から「MMPI」という略称で知られる。精神疾患のある患者を判定することが当初の目的で、主に医療現場で使われるとされる。回答者は550項目に上る質問文を読み、当てはまるか否か、「どちらともいえない」の三択で答える。

 最も流通している出版社のMMPIによれば、質問には、同性に強く心をひかれる▽(男性向けの質問として)女だったら良かったのにと思うことが時どきある▽キリストの再臨(さいりん)(もう一度この世に現れること)を信じる−−など性的指向や宗教に触れる内容が含まれる。

 毎日新聞は今年8月、教員採用試験を実施している全国の47都道府県と20政令市の各教委にMMPIやその短縮版を13年に使用したかを尋ね、全自治体から回答を得た。

 それによると、山形、山梨、岐阜(性や宗教に関わる質問は黒塗り)の3県と静岡、浜松の2市が実施したと回答し、栃木▽埼玉▽富山▽石川▽大分−−の5県と福岡市は「非公表」だった。

 このうち、毎日新聞山梨県に情報公開請求をして開示された「適性検査概要」の文書に「MMPI検査が栃木、埼玉、富山の各県の教員適性検査でも採用されている」などとあることから、「非公表」自治体でも13年に行われた可能性はあるとみられる。他の56自治体は実施していないと回答した。

 実施目的について聞いたところ、山形、山梨両県と静岡市は「合否の参考にする」。岐阜県浜松市は「合格後の人事配置の参考にする」と答えた。
http://mainichi.jp/select/news/20141116k0000m040114000c.html

そのうえで、山梨県は取材に対し、「いろいろ問題になっていることは知っているし、他県では他のテストに変更しているところが多いが、総合的に判断した」と述べ、14年もMMPIを実施したと認めた。

 山形県は「少なくとも03年以降、毎年実施」とした上で「14年は宗教や性、家族に関する不適切な質問を削除した」。岐阜県はMMPIの実施については認めつつ、「5年以上前から性や宗教に関わる質問は黒塗りして実施してきた」などと説明した。

 また、静岡、浜松両市は14年については「一部の質問が削除されたタイプで実施」「実施していない」とそれぞれ答えた。【藤沢美由紀】
 ◇受験者に心理的負担

 臨床心理士の武田信子・武蔵大教授(教師教育学)の話 時代の要請する配慮に対応できていないテストを用いており、受験者にかかる心理的負担が心配だ。精神疾患を抱える教員の増加に悩む教育委員会としては、採用時点でのより分けに生かしたいとの狙いだろうが、そもそも採用後に疾患を生み出す職場環境の見直しが必要だ。

 【ことば】MMPI

 精神疾患である人と健常者を区別するために1943年、米国で開発され、日本には50年代から導入された。主に医療現場で使われ、質問項目の少ない短縮版もある。

 毎日新聞が情報公開請求で入手した適性検査概要によれば、550に上る質問内容は一般的健康▽一般的神経症状▽社会的態度▽男性性▽女性性▽抑鬱感情−−など26領域。教員採用試験で使う場合、自治体は採点や判定業務を契約先である国内の発行元出版社に依頼するとみられる。
http://mainichi.jp/select/news/20141116k0000m040114000c2.html


教員採用:心理テスト、受験生ら募る不信

毎日新聞 2014年11月16日 09時30分(最終更新 11月16日 10時52分)


 教員本来の能力とは関係がないとみられる質問を含んだ心理テストが、一部自治体の教員採用試験の適性検査で行われていることが15日、明らかになった。精神疾患の有無を判定するための指標として、米国で約70年前に開発されたとされるテスト「MMPI」。受験した教員志望の学生や関係者からは、採用との因果関係が不明で人権侵害につながりかねない質問内容に、不信の声が相次いでいる。【藤沢美由紀】

 「時どき、悪霊にとりつかれる」「父が好きだ(だった)」「花屋になってみたい」「神や仏はあると思う」−−。

 今年7月。ある県の教員採用試験の適性検査を受けた複数の大学4年生によると、こうした内容の質問を含んだMMPIとみられるテストが筆記試験と同じ日に行われた。検査は約30分間。音声で質問が流れ、約120問に対して三択で回答を求められた。

 受験した女子学生(22)は親や宗教、性別役割分担などに関する質問が含まれていたことに「プライバシーに関することであり、嫌な思いをする人がいるだろうと違和感を覚えた」と振り返る。別の男子学生(22)は一緒に受けた友人らと「宗教についての質問はおかしい、と後で話題になった」という。

 性的マイノリティー(LGBT)の自殺防止などに取り組む団体「いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」共同代表で、心と体の性が一致しない「トランスジェンダー」の遠藤まめたさん(27)は2010年、埼玉県の公務員採用試験でMMPIとみられる適性検査を受け、「同性にひかれるか」などの質問にショックを受けた。結果は不合格。ところが2年後、性同一性障害の診断のために通ったクリニックで同じ検査に出合った。

 遠藤さんはその検査で「性自認は男性」と判定された。「そうした判定ができてしまう検査を受験者が答えざるを得ない採用試験で使うのはおかしい。公平なはずの公的機関が実施するのは信じられない」と憤る。

 関東地区の教職課程のある私立大学146校でつくる「関東地区私立大学教職課程研究連絡協議会」は、MMPIとみられるテストの質問に不安や不快感を抱いた受験学生からの訴えをきっかけに、10年度からMMPIについての調査研究を進めている。
http://mainichi.jp/select/news/20141116k0000m040115000c.html

担当する内海崎(うちみざき)貴子・川村学園女子大教授は「検査結果のデータの取り扱いや保管方法も分からない。教師としての適性はセクシュアリティーと無関係なのに、こうした試験を実施すれば受験できない人もいるだろう」と指摘する。

 文部科学省で教員採用を担当する教職員課は「試験内容は各都道府県や自治体がそれぞれ決めること。人権に配慮して実施するよう通知はしている」と話した。
 ◇MMPIの主な質問文

・だれでも自分の見た夢の意味を知り、夢の教えに従うべきだ

・犯罪に関する新聞記事を読むのが好きだ

・父が好きだ(だった)

・時どき、悪霊にとりつかれる

・人と一緒にいる時、とても変なことが聞こえてきて困る

・法律は全部なくなったほうがよい

・同性に強く心をひかれる

・宗教の教典の中に書かれていることは、正しいと思う

・性生活に別に問題はない

・キリストの再臨(もう一度この世に現れること)を信じる

・女性も、男性と同じように性的に自由であるべきだ

自衛隊員(兵隊)になってみたい

・あなたが男の場合…女だったら良かったのにと思うことが時どきある

・あなたが女の場合…自分が女であることを残念だと思ったことはない

※最も流通している出版社のMMPIより抜粋
http://mainichi.jp/select/news/20141116k0000m040115000c2.html

MMPIに関するWikipediaのエントリーは、

英語 http://en.wikipedia.org/wiki/Minnesota_Multiphasic_Personality_Inventory
日本語 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8D%E3%82%BD%E3%82%BF%E5%A4%9A%E9%9D%A2%E4%BA%BA%E6%A0%BC%E7%9B%AE%E9%8C%B2


上の記事では、MMPIは「日本には50年代から導入された」とあるけど、MMPIの日本語版が正式にリリースされたのは1963年で、1993年に改訂版が出ている。また、「日本での使用頻度は日本語版が1963年に発刊されているにもかかわらず高くない」という。精神医学という文脈を離れ、教員とか公務員の採用試験で使われるようになったのはかなり最近のことではないだろうか。私が若い頃は就職試験で使われる心理テストというとYG(矢田部・ギルフォード)*1が定番だった。これって、村上宣寛氏による徹底的な批判があったけれど*2、今でもまだけっこう広く使われているんですよね。
幾つか問題点をランダムにメモ。
先ず、心理学*3という学問それ自体の存立に関わることだけど、心理学というのは構造的な知識ギャップ(知/無知)の対立を前提にし、そのギャップに依存している。YGにしてもMMPIにしても、実は〈正解〉がある。かくかくしかじかの回答すれば確実にかくかくしかじかのパーソナリティであると判定されるわけだ。つまり、その〈正解〉というか絡繰りを知っている者(心理学者)と知らない者(素人)という対立。しかし、YGにしてもMMPIにしても、そのギャップは埋められないわけではない。医師や臨床心理士や学生向けのデータ解釈のマニュアルがあり、それは書店で買ったり図書館で借りたりして、誰でも読める。つまり、誰でも、勉強する気さえあれば、YGやMMPIで自らの性格その他の心理的特性の提示を操作することが可能である*4
それから、個人的な感想なのだけれど、 YgにしてもMMPIにしても、選択肢は、はい/どちらともいえない/いいえ、しかない。MMPIの場合は、「どちらともいえない」が一定数を超えると、無効になって再検査ということになるので、実際には、はい/いいえの二択である。私が答えたら、みんな「どちらともいえない」になりそうだよ。意識調査でも、多くの場合、SD法というか5段階評価を使い、それをスコア化するということをしているのでは? 人間の心理をはい/いいえの二択に還元できると信じることに何かしらパラノイア的な精神病理を感じてしまうのだが。
宗教に関する質問は明らかに基督教文化圏を前提としているのだが(例えば、仏教徒にとっては、基督が再臨するかどうかというのは、明らかに重要な問題ではなく、どうでもいい問題ということになる)、宗教学(宗教社会学)的に興味深い質問もある。例えば、浄土真宗が強い地域と密教が強い地域ではどのくらい差異があるのだろうかとか。
「同性愛」に関する質問だったが、米国においては1973年までは精神疾患だったことと関係があるのでは? 


現在、国際精神医学会やWHO(世界保健機関)では、同性愛を「異常」「倒錯」「変態」とはみなさず、治療の対象からは外されています。例えば、アメリカ精神医学会は1973年、世界に先駆けて同医学会が発行している精神障害診断基準であるDSM−2の第七版から同性愛についての記述を削除しました。WHOも、「国際疾病分類」(ICD)の93年に発表された改訂第10版で、「同性愛はいかなる意味でも治療の対象とはならない」という宣言を行っています。日本では、94年12月に厚生省がICDを公式基準として採用し、95年1月にやっと日本精神神経医学会が、ICDを尊重するという見解を出しました。
http://www.sukotan.com/douseiai_01.html

かつて「DSM-?」で同性愛は「病的性欲をともなった精神病質人格」と規定されていたが、1973年12月、アメリカ精神医学会の理事会が同性愛自体は精神障害として扱わないと決議した。それにより「DSM-?」の第7刷以降「同性愛」という診断名は削除され、代わって「性的指向障害」という診断名になった[いつ?]。1980年の「DSM-?」では「自我異和的同性愛」という診断名が登場した。「自我異和的同性愛」とは、自らの性的指向で悩み、それを変えたいという持続的願望を持つ場合の診断名である(同性愛者であることを自ら肯定できている場合は病気ではない)。しかし、この診断名も同性愛自体が障害と考えられているとの誤解を生んだことや、自らの性的指向で悩むのは本人に問題があるからではなく、社会の偏見に起因するという問題意識などから、1987年のDSM-?の修正版「DSM-?-R」ではこれも性障害から除外された。そして1990年の「DSM-?」で精神疾患リストから同性愛は完全に消えた。

またWHOのICD国際疾病分類の第9版「ICD-9」(1975年)では「性的逸脱及び障害」の項の1つに「同性愛」という分類名が挙げられていたが、その後「精神障害と考えられるべきか否かにかかわらず、同性愛をここに分類」との注釈がついた。そして1990年採択の「ICD-10」では「同性愛」の分類名は廃止され、「自我異和的性的定位」という分類名が用いられたが、「性的指向自体は、障害と考えられるべきではない。」と注釈がついた。これにより同性愛自体は障害とされなくなった。1993年、WHOは再び「同性愛はいかなる意味でも治療の対象にならない」と宣言した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8C%E6%80%A7%E6%84%9B


結論からいえば、現在、日本では同性愛は病気としてみなされてはいません。しかし、これまでには世界中でさまざまな見解が出されてきました。簡単に説明しましょう。
1952年にアメリカ精神医学会が発行した「精神障害の分類と診断の手引」(DSM)(第1版)において、同性愛は精神障害とみなされ、社会病質人格障害の章で「性的逸脱」とされました。その後、旧東ドイツの医師ダーナーが、「母親が妊娠中にストレスを受けて男児に男性ホルモンが十分に分泌されないと、男児は男性としての脳が未発達のまま生まれ、男性同性愛者となる」という説を発表し、同性愛が病気であるというイメージが強まりました。
しかし、その後、運動の進展や医師の理解が深まるにつれて、1974年に発行されたDSMの第3版以降においては、同性愛は精神疾患として治療する必要はないという方針に転換しました。1993年には世界保健機関(WHO)が国際疾病分類(ICD)(第10版)で、同性愛を治療の対象からはずしました。
日本の医学界においてもDSMやICDは尊重されています。文部省(現文部科学省)が1994年に「生徒の問題行動に関する基礎資料」で、同性愛を性非行として分類していた記述を削除しました。
http://www.jinken.ne.jp/flat_consultation/cat196/cat197/6.php
DSMの変化に対応して改訂されるべきだったのが、昔のまま出てしまっているとか。

社会の心理学化*5という観点ではどうなのだろうか。1990年代の初めに「ココロジー」という言葉が流行ったということを思い出したのだが、私たちの社会では、科学的な根拠があるものにせよないものにせよ、シリアスなものにせよ冗談みたいなものにせよ、心理テストを受け・その結果を解釈されるということの機会が増えており、(少なくともマジョリティにとっては)MMPIなどへの精神的な敷居を低くしているということはないだろうか。

*1:See eg. http://ja.wikipedia.org/wiki/YG%E6%80%A7%E6%A0%BC%E6%A4%9C%E6%9F%BB

*2:『「心理テスト」はウソでした。 』

「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た

「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た

*3:正確にいうと、MMPIは精神医学に属するものだが。

*4:こういうサイトで、肩慣らしをしたら? http://psycho.longseller.org/mmpi.html

*5:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060308/1141789582 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080710/1215616507 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080726/1217051072 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110420/1303277092