普通、津軽といえば青森県である。しかし岩手県宮古市には「津軽石川」という川がある。宮古市のサイトに曰く、
その流域を「津軽石地区」と謂い、「津軽石」というJR山田線の駅もある*1。
宮古湾最奥部に注ぐ清流で、鮭の遡上する川として有名です。
伝説では、元亀・天正の頃、津軽の黒石の浅瀬石川では鮭がたくさん遡上するので、御神石を分けてゆずり受けたところ、秋になると鮭の大群が来るようになり、やがて南部第一の鮭川漁場になった。そこで、津軽から移した奇石の奇跡を徳として、それまでの丸長川から津軽の石の川、すなわち津軽石川と呼ばれるようになったといわれています。このめぐり合わせにより、1966年から宮古市と黒石市は姉妹都市として交流を重ねています。
冬になると白鳥が飛来し、子供連れの家族で賑わいます。また、1月3日には鮭まつりが行われます。
http://www.city.miyako.iwate.jp/cb/hpc/Article-1374-1799.html
今引用したところによれば、「石」がもたらされたのは「元亀・天正の頃」ということだが、岩本由輝「盛岡藩津軽石川における鮭留漁場の形成」(in 『村と土地の社会史』*2、pp.238-257)が引く「日記書留帳」という正徳2年(1712年)に書かれた文書(cited in p.239)には「何百年以前の事ニ御坐候哉、いゝつたへニて年号知不申候」とある。つまり何時のことなのかわからない、少なくとも「元亀・天正の頃」よりは古い。それから、これは川の名前というよりは「津軽石」という村の名前の起源に関する伝説であるようだ。「日記書留帳」によれば「石」をもたらした人は「我は大師ニ御坐候」と名乗っている。しかしながら、岩本氏は、現代地元では「弘法大師」が「石」をもたらしたという伝承に変形されていると指摘している(pp.239-240)。さらに、岩本氏は「大師」と「タイシ」との関係への注意も喚起している*3。「タイシ」は「新潟県村上市や岩船郡の三面川(瀬波川)や荒川の川筋に住む農業以外の生業につく人々の称にもなっている」(p.240)。また井上鋭夫によれば、「タイシは近世において箕作り、塩木流し、筏流しに従事していた」(ibid.)。
岩本氏によれば津軽石川には「又兵衛伝説」というのもある(p.240ff.)。
「日記書留帳」によれば、後藤又兵衛という浪人者が鮭を盗んで殺された。次の年から鮭が全然遡上してこなくなってしまった。「たくせん」(託宣)によると又兵衛の祟りだということで、このような祭りを行うことになったという(pp.240-241)。さらに、後藤又兵衛は切支丹で、盛岡近くの紫波郡の佐比内金山に潜入していた信者と共謀し、鮭の腹の中に砂金を隠して、江戸や長崎の切支丹に送金していたという伝承もある(p.242)*4。また現代では、又兵衛は藩権力の横暴に抵抗した「義民」ということになっている(pp.242-243)*5。また
津軽石川では鮭の遡上期になると川留めが行なわれるが、この川留めの神事が又兵衛祭りと呼ばれている。現在では一〇月末にこの祭りが挙行され、そのときに作られた逆さはりつけの形状を示すという又兵衛の藁人形が漁期を通じて留の側に立てられているが(後略)(p.240)
自分が生まれたのとまったく同じ川に回帰してくるという鮭の習性が解明されたのは何時頃なのか。
(前略)いま伝えられている話のなかには、又兵衛が処刑されたのは盛岡で、処刑に先立って何か希望はないかと聞かれ、津軽石川の水が飲みたいといったので、希望を容れた役人は、早速、使いの者に早馬を走らせて津軽石川の水を汲みにやったが、使いの者は途中で面倒になり、閉伊川の上流の水を汲んで来て、津軽石川の水といつわって飲ませたところ水が違うといったので、役人はもう一度、使いをやって今度は本当の津軽石川の水を汲んで来て飲ませた、そこで又兵衛は莞爾としてそれを飲み、慫慂として死についたというものもある。こうなると、又兵衛は自分の生まれた川の水探しあてながら戻ってくる鮭の化身である。いつ頃できた話かわからないが、鮭の習性を知っての話とすれば重要な意味を持つ。(後略)(p.243)
「又兵衛伝説」の研究としては、ほかに神野善治「藁人形のフォークロア−−鮭の精霊とエビス信仰−−」(『列島の文化史』[日本エディタースクール出版部]1、1984)があるという(pp.243-244)。
村と土地の社会史―若干の事例による通時的考察 (人間科学叢書 14)
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*1:http://www.jreast.co.jp/estation/station/info.aspx?StationCd=998
*2:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101010/1286716695 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120929/1348919393