「外国語において、誰もが若返る」

承前*1

管啓次郎コロンブスの犬』から再度メモ;


日本で大学を受験する少年少女に英語を教え、単語の覚え方について爆発的なベストセラーとなった本を書いた人*2が、こういっていた。英語をほんとうにものにしようと思うなら、アメリカの小学校、中学校の教科書はひととおり読まなければいけないね。特に社会科、理科。つまりね、平均的なアメリカ人なら誰でも知っているような知識と、それに使われる単語があるわけでしょう。そうしたものは、いちどはおさえておかなくちゃ。
もっともだと思う。ルーマニアからブラジルへと移民を余儀なくされたひとりの老人は、ポルトガル語を覚えようとして、ブラジルの小学校の国語の教科書をくりかえしくりかえし読んだそうだ。それから元外交官の彼は、ブラジルで分厚い眼鏡をかけた新聞記者になった。
外国語において、誰もが若返る。商社員も中学生になる。〈若返りの泉〉がほんとうにあるとしたら、それは母国語のつうじない土地だけにあるはずだ。ブラジルにゆくまえ、ぼくはブラジルのことを何ひとつ知らなかった。ことばも知らず、土地の輪郭は未来のように霧の中にかすんでいた。若いころ結核の療養所ですごしたロラン・バルトは、三十歳くらいになっても、いつも自分が実際の年齢よりも五歳は若いような気がしていたそうだ。ブラジルで、ぼくは突然自分が十年の時をさかのぼり、中学生に戻ってしまったような気がした。歴史も知らず、地理も知らない。ことばもよくわからない。ぼくはノートを決め、思いついたり聞きかじったりしたいろいろなことを書きつけた。黒のボールペンで、できるだけ細かい字で。ひとつひとつの項目はタイトルが決められ、そのタイトルはばかばかしいものだった。(「「コロンブスの犬」」、pp.106-107)
See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060929/1159554499 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070301/1172719278